055.gif「未来からの訪問者」 「天草島原の乱」1-2 「昭生と朱美」 「神曲」ep…1 「二人の酔っぱらい」ep…1 「洞窟での出来事」野良猫との再会 「覚永和尚」 「みどりと信夫の大当たり」 「仙人候補生」と姉弟 「二人の酔っぱらい」1-2 「神曲」第一部1-56 「神曲」第二部57-78 「亜衣姫と羅夢王」1-7


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a0144027_2251890.jpg 幸福荘新館617号室の、後藤 元一等空尉は、地雷の信管を抜き四十八個分の小型爆弾を製造中だ。それに時限装置を付け、今宵、各ノミ屋のスカパーのチューナー、テレビ、それに賭博場を爆破炎上させるのである。

 これには陸自の酒井一尉も手を貸すという。同時刻 だんびらの金の所には、藪中と畑中、ついで土橋が突入する計画がもたれた。タイ人の少女を食い物にしていた、北方四郎から奪った、豊富な銃砲が役に立つ時が迫ってきていた。

 聞けば暴利な金貸しをやり土工を虐め尽し、悪徳中国人とも結託、強殺もし、覚醒剤を北の国から密輸して、更に拉致の手助けもしているという。
 そもそもこの金木辰巳という人物は北の工作員ではないか、「十中八九、そう見ても間違いは無いだろう」と土橋は言った。畑中も「タリバンの奴でもこんな悪党は見た事が無いぞ」と言った。

 藪中は「決行は十時にしよう。後藤君にはタイマーを十一時にしておく事を伝えておく、なにしろ十時では人がまだ大勢いるからな」と言った。「とにかく皆殺しだ、寝こみを襲うのは士道に反するからな」とも言った。「し、士道、」と土橋は口澱んだ。

a0144027_2293819.jpg 後藤は考えていた。夜中の十一時といっても、まだここ寿町は、夢遊病者のようにあてもなく人々がうろついている。その前でノミ屋の鍵をこじ開けても人目につくし、やはりここは今、客のふりをして仕掛けるしかないかなと思い、酒井一尉と手分けして、超小型の電子タイマーの付いたTNT爆薬と、地雷を小分けした爆弾をセットして回った。

 無事爆弾を仕掛け終わると、後藤は、坂井とコーヒーを飲みながら「ありがとう、坂井君。もう君は帰った方が好い」と言った。
 「一杯飲んで別れたかったが、今夜の事もあるし、ありがとう」と後藤が言った。
 「そうか、少しは役にたったか」「ああ」
 「では、帰るぞ」「うん、ありがとう」「体に気をつけてな」と言って帰って行った。そして「アヴェ・マリア」の曲が流れ、いよいよ戦闘態勢に入って行った。

 その日の午後十時、藪中、畑中、土橋の三人が突入した。
 これは正に殺戮戦であった。戦う者戦わざる者、皆眉間に穴をぶち開けた。
 だんびらの金は、それでも太刀を持って向かって来た。
 「何を大仰な」「ばかか」
 三人の銃口が金の頭に一斉に火を吹いた。金の頭は西瓜が割れるがごとく首から上が無くなっていた。

 藪中が金庫を開け、その札束を畑中と土橋に分け合った。そして三人は暗闇に消えた。 遠くからサイレンが聞こえたきた。刻一刻と、爆発の時間が迫って来ている。パトカーが着いたその刹那、およそ五十数箇所から大爆音と大爆風の嵐が寿の町に轟いた。そしてビルが傾いた。まるでレバノンの戦争当時のように壁が崩れ落ちている。

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 「火薬の量が少し多かったのじゃないのか」と藪中は言った。
 「なにせ軍事用の爆薬だからな」と後藤。「君等が金のビルを襲っていた頃、俺も寿の組事務所に、余った爆薬を全部仕掛けたから、少し多かったかも知れんな」と吹き飛んだ看板を足でけり飛ばしながら伊勢崎町の安楽亭へ向かった。四人は「後は北方の会長と、息子だけだな」と思っていた。


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 藪中達は焼肉店に入った。そこでボトルをそれぞれ注文して、カルビを炭火焼にして、焼酎のつまみにした。百人位は殺しただろうか、警察は暴力団の殺し合いだと思うだろう。
 「会長の件だが俺に任せろ、少し時間が懸るだろうが、妙案が有る」と後藤が言った。それで四人は明け方まで飲み、幸福荘新館に帰って行った。

 その道すがら、警察の検問があるかもしれないので、コンビニで買った袋に拳銃と弾の入った弾倉を二重三重に包み、植え込みの中に隠した。
 寿町に帰って、四人は再びぎょっとした。
 百人余りのやくざが、手足は千切れて、脳みそは吹き飛び、はらわたが飛び出ている。狭い地域にノミ屋が密集していたので、さながら空爆にあったようである。またノミ屋の事務所は、夜は無人と思っていたのだが、そこは若い衆の仮眠場所にもなっていたようである。まさに戦場の後であった。「まあ、大掃除ができたという訳だな。またぞろノミ屋が横行し始めたり、組事務所が出来始めると、神奈川県警の力量不足だと言われても仕方がないな、どうせあの上司のことだ」と藪中が笑った。

 この事件は、暴力団同士の一連の抗争としてマスコミにも取り上げられた。「やっぱしな、神奈川県警、長者町署と加賀扇町署は逃げている」と藪中は思った。

 まだ、電柱にくくられた、ダンボールの切れ端に書いた「刃物研ぎます」の看板が風にひらひらと舞っている。それから、あの叔母ちゃんが手にはいっぱいの御馳走を持ってやって来た。「分っていますよ。誰にも言いませんから」と馳走してくれた。藪中は「お金は取り戻しましたから」と言って八百万円を返した。
 叔母ちゃんの目は涙ぐんだ。それでも気丈にも気を取りなおして、「これから何時でも飲みに来てよ。待ってるよ。ほんとだよ。お金は一切頂きませんからね」と言って、にこっと笑って帰って行った。


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 白神山中のたこつぼの中で、藪中はそこまで回想すると、また一杯、焼酎の水割りを飲んだ。藪中は虫除けスプレーで、肌の出ている所に吹きつけた。「失敗したかな、やっぱり洋上で爆死した方が好かったかなあ。虫の餌になるより、魚に食われた方が まだ美意識が有ったかなあ」と思っていた。

 夜は寒い、だがここは程好く温かい。竹の空気抗から空を見上げると夕闇が迫ってきている。白神台地は確実に落日の時を迎えていた。
 「刃物研ぎますか」けだし名言、名文句だなと藪中はにやりと笑ったその瞬間、

 えっ
 うそっ、
 「  」
 今何か落ちてきたな
 熊か…

 
a0144027_15377100.jpg 天井が軋んだもん、親熊ならこの天井では持ちこたえは出来ぬ。
 小熊か…、
 すると親熊が近くに居るな、この換気抗から臭いが出ているのか、
 ベレッタを天井に向けて二、三発撃ち込んでやるか、
 いやまて、死体にすると動物がやって来る、この穴も掘りまくられる。それに匂いもするからな。

 これから死ぬというのに、藪中は熊に襲われたり動物に食われたりするのには我慢が出来なかった。だからベレッタには弾を幾つも入れて持ってきていた。どうやら狐か 何かが通りすぎて行った時の軋みの様だった。

 そうして焼酎の水割りを飲んで、白神にとばりが迫る頃、背もたれをして深い眠りに落ちていった。その夢の中で過ぎ去りし日々の出来事が蘇ってきた。


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a0144027_374996.jpg 幸福荘新館618号室、そこには藪中、後藤、畑中の三人がいた。「あの北方の会長、児玉義巳とかいう奴、戦犯の弟だったらしぞ。GHQのマーカット少将のM資金と、戦中しこたま貯め込んだ金で世渡りをしていたらしい」「ほんと、スケベな奴だなあ」

 ここで後藤が秘策を言った。
 「これは、だいぶ前から温めてきたものなのだが、セスナに500ポンドミサイルを積んで、あの会長と息子が自宅の中に入った時を見計らって、セスナごと突っ込もうと思っている。特攻だ。これは見物だぞ、屋敷全体がふっ飛び、紅蓮の炎に包まれて跡形も残らんだろう」と言った。

 「俺はな、漁船で黒潮に乗ってな、そうすれば自然と太平洋のど真中に行くだろう。そこでTNTで自爆するつもりだ」と畑中が言った。
 「いずれにしても死体は残らんはな」と藪中は言う。「俺もな、考えているんだ」と藪中。 「何処か山の中で穴を掘って二重底にしてな、腐葉土が穴に落ちるように細工して、その穴の中で ベレッタで自沈するんだ。その腐葉土の中には桜の苗木も入れてな、そうすれば立派な山桜の木が生えると思うよ」と藪中が言った。

 後藤は「空気抗も作っておいたほうがいいぞ、あとで気が変わるかも知れん」と言った。
 畑中は「後藤さんは生きろ、どうせなら俺がTNT爆弾を作るから、空から児玉会長の自宅に落とした方がいいよ」と言ってくれた。「それもそうだな」と後藤は考え直した。

 「刃物研ぎます」の看板は未だ風に揺れている。ノミ屋もまたぞろ増えてきた。懲りない連中だ。相変わらず思った通り警察は何もしていない。

 調布飛行場から一機のセスナ機が飛び立った。後藤の機体と思われる。畑中が会長と愚息がまだ屋敷に居ると無線で知らせてくれた。副操縦席にはTNTとナパーム爆弾がある。

 「あれか」
 「でけえなあ」と後藤は思った。
 どれほどの悪事を重ねれば ここまで大きな屋敷になれるのかと思い、上空から見下ろし「アヴェ・マリア」の曲をかけた。そして手製のナパーム弾 四、五発と、TNT爆弾を落とし右旋回に急上昇して消えて行った。急いで帰らなければこのニュースが洩れてしまう。上司の名と機体を使ったセスナ機は、無事府中の飛行場に帰った。

 それは凄かった。
 半端じゃなかった。
 屋根は吹き飛び、石垣の塀の中は赤々と燃え上がり、火災旋風が渦巻いている。一人火だるまになり門の前まで来て転げ回っていた。あのめぐの居酒屋にダンプを突っ込ませ、三人を轢き殺させた張本人だ。ああ、もうじき黒焦げになって堕ちて行く。


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 土橋が帰った後、早速三人でめぐの居酒屋に飲みに行った。無事敵討ちに成功した事を知らせて、五百万円を返した。めぐは受け取れないと言ったが、亡くなったホステスへの香典だと言って、何とか受け取ってくれた。それから今後は飲み放題だねと言って笑った。
 いつ見ても美形だ。胸元のボタンを二つ外した姿は、美しくも妖艶であった。

 だんびらの金の所を襲った時、「おれおれ詐欺」もやっていたのか、架空名義の、無数のキャッシュカードを押収した。そこら中「おれおれ詐欺」と、「悪徳リホーム」のマニュアル本が散らかっていた。ご丁寧にカードに暗証番号が書かれてあった。これで堂々と引き出せる。その残高照会に驚いた。

 「何とまあ貯め込みやがって」「本国に送金でもするためか」
 「バズーカ砲でも買うか」「何処で」
 「北海道に行って、ロシアの船員とコネをつくるんだ」じゃあ俺も行くと後藤、畑中二人は、北海道に行くことに決った。

 藪中は研ぎ屋に戻った。
 また目つきの悪い連中が増えてきた。前の連中より更にたちが悪い。そして私設ギャンブル場をまた作り始めた。長者町署、加賀扇町署は買収されたのか動かない。せっかく掃除したのに、黒焦げになった寿の町を見て回り、後は自分達でやるしかないなと思い、二人の重火器を待つだけだと思った。そして次の攻撃場所を一箇所ずつ見て回った。

a0144027_242460.jpg このところ、横浜の寿町という日本三大の日雇人の寄せ場には、仕事の量が減り続け、街のあちこちにホームレスが増えてきた。それに対応するために中区役所は、七五〇円分に相当するパン券を、仕事にあぶれた人に指定された店で買えるようにしていた。
 また高齢化が進み、あちこちに持病を抱えて就労できない人には、生活扶助費として、最低限の支給をしている。そのお金を目当てに私設ギャンブル場が吸い取り、また吸い取られた者は、その組の暴利な悪徳金融から借りる。この悪循環、この繰り返しである。







 藪中は銃をベレッタから、北方から押収した銃身の長い、消音装置が付いている狙撃用のライフルに替え、畑中の暗視用ゴーグルを付けて暗闇に潜んだ。狙うのは組事務所の前に停めてある黒塗りの車である。みなエンジン部分を狙い撃ちにした。何時しか組事務所の前はがら空きとなり、何時でも戦闘態勢に入れるようになっていた。そして彼等は夜中出歩かなくなった。誰かが狙っていると、彼等も感じ始めていたようだった。


               (13)
 藪中は白神山中の航空写真を眺めていた。
 そこで人が入らず眺望がよい、山桜の映える場所に赤い丸印をつけた。そして今度の掃討作戦で終わりにしようと思っていた。なんびととはいえ人を殺したうえは、裁きは自らの手で行う決意であった。遠く北海道にいる畑中も、これで終止符をうとうと思っていた。その畑中の元へ、ロシア船から携帯に連絡が入った。畑中は少し片言のロシア語が出きる。チェチェン共和国で覚えたロシア語であった。

 豊富な資金力の甲斐あって、ロケットランチャーと手榴弾、それに軽機関銃が用意出来たと言ってきた。それで洋上でボートに積み替え、幾つかのゴルフバックに入れ、横浜の寿町に帰って来た。

 畑中、後藤、藪中は、今回の攻撃で終りにしようと話し合った。始末は自分で付けなければならない。藪中は山へ、畑中は太平洋のど真中で爆死すると言う。後藤は、500ポンドの空対艦ミサイルを畑中にやると言った。後藤君は生きろ。児玉別邸への突入は止めろと、皆が言ってくれたからだった。

 そして今度は「アヴェ・マリア」ではなく、また山鹿流の陣太鼓でもなく、
 《地獄の黙示録》ワーグナーの歌劇「ワルキューレの騎行」の曲にのせて、最後の突撃が始った。

 作戦開始は午前0時、畑中は関東系の組事務所へ、藪中、後藤組は関西系の組事務所へ、同時にロケットランチャーを一階二階と撃ち込み、突入した。窓枠は歪み、壁は崩れ落ち、至る所にはらわたが飛び散り、生首が転がっている。まだ生き残っている者達には軽機関銃を乱射し、途止めに手榴弾を投げ込んだ。
 そして一人も居なくなった。組長はとうに爆死していた。私設ギャンブル場には、残りのロケットランチャーと手榴弾を使い切り、警察が来る前に全てを破壊し切った。

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 嘗てのベイルートも斯くの如くあったのか。硝煙が辺りを漂い、ビル全体が崩れ落ち鉄筋が剥き出しになり、水道管は破裂し、都市ガスから炎が噴き上がっている。

 まさに戦場であった。ほろ酔いの土方(どかた)は仰天し、
 長者町署の警官は、唖然としてただ立ちすくんでいた。

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 この日の死者はおよそ三百名にも上った。畑中は残ったお金で漁船を買い、後藤の500ポンドの空対艦ミサイルを積み、黒潮にのった。藪中は、「刃物研ぎます」の看板を外し、白神の秘境をひとり目指した。


               (14)
 後藤はセスナ機で洋上の畑中を見送り、パラシュートで名水と焼酎のボトルを落とした。 その焼酎割りを、ちびりちびりと飲みながら、太平洋のほぼ、ど真中で自爆して逝った。畑中は一瞬にして散りじりとなり、後には小さなきのこ雲が残った。

 それと同じころ、藪中は白神の穴の中で、クマゲラが木を突っついている音に目を覚ました。空気抗から空を覗くと夜が白々と明けかけていた。リュックサックからCDプレーヤを取り出すと、ショパンのノクターン、第二十番の遺作を聞き始めた。







 美しくも哀しいそのメロディに目は潤んだ。
 そしてその曲が終るころ、おもむろにベレッタ・モデル51をこめかみに宛て、引き金を引いた。朝もやにけむる白神高原の大地に、微かな くぐもった銃声が鳴った。

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a0144027_1457246.jpg それから凡そ三十数年が過ぎ、その穴の上には落葉が降り積もり、少しくぼ地になっており、美しい山桜の花が咲いていた。藪中の、古い航空写真の赤い丸印を見ていた白髪の初老の男が、その山桜に向かって手を合わせた。
「後藤か、来てくれたのか」その山桜の傍らで藪中はひとり静かに呟いた。



 「了」


                        (注) この物語は あくまでフィクションです。
                        登場する人物、団体、組織等は存在しません。





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