宇宙船は地球からの帰路についていた。
「あれでよかったのか」とクリスは聞いた。
「うーん、何とも言えんが、少し心残りだ」とリエールが言った。
「あの日本が馬鹿にされているんだぞ」
「そうだな」
大マゼラン星雲が近づいてきている。M175まであと少しだ。リエールは再び四次元ワープをした。
四次元に入ると耳障りな雑音が聞こえてくる。それが過ぎると、走馬灯のように自分の半生を見せられる。少しでも悔悟の念がなければ気が狂い、四次元ワープはできない。
「ワープ解除」リエールは機体を操縦してM175の中にある惑星の都市に着陸した。
宇宙船ターミナルに降り立つと、「リエール大佐、クリス中佐、首相がお待ちかねです」と補佐官が言った。それで十六八重表菊、いわゆる菊のご紋章が頭上にきらめく大議事堂の隣の部屋に入った。そこには宇宙連合の、ばら、わし、ふくろう星雲、アンドロメダ銀河、大マゼラン銀河、そして銀河系の主だった大使の方々が座っておいでであった。
M175の首相が菊のご紋の前で二人に聞いた。
「地球の様子はどうであった」
「はい、幼子のようでありました」とリエールは言った。
「どのように」
「おのれが出自をひた隠しに隠し、他国の領土を欲しがる赤子のようでありました」
「では今回の訪問は失敗であったと」
「いえ、失敗ではありません」
「と言うと」
「かの星には、自国の正史というものがまだ分かってはおりません。時代を経るごとに国史は改ざんされております、ですが」
「続けて」
「ですが、地球のアカシックレコードを読み聞かせたら、国々の驕りや人々の誤解も解けるかと思います」
「首相!」
とアンドロメダの大使が言った。
首相は発言を許した。
「その国々は核兵器を持っていると言うではないか、そんな国に平和が訪れるわけがない。そもそも地球にはあまりにも多くの異星人が移住して来た。あるものは肉体を持ち、またあるものは霊団としてその肉体に宿り、今日にまで来た。だから纏まるものも纏まるわけがなかろう。しかも救いようがない我欲に堕ちているというではないか。ここで新たな種と交換してみたらどうか」とアンドロメダ大使が言った。
「新たな種というと」と首相が聞いた。
「わがアンドロメダの住民は、ひと穏やかで争いを好まず、何より宇宙の真理、神ながらの道を知っています。だからひとまず地球を氷漬けにして…」
「ちょ、ちょっと待ってください」とリエール大佐が口をはさんだ。
「地球には天皇陛下がおわします。ここM157の天皇陛下と遠縁にあたるお方です。M157の末裔が日本人としてまだ地球にいます。この方々がゆくゆくは地球を救います。どうかもう一度地球に派遣してください」と首相に言った。
首相は「ではもうひとたび、地球への出国を許そう。失敗すれば地球は氷漬けとなるが、覚悟はよいか」
「はい」
「それで何か用意するものは」
「エミ型人工頭脳を三万体」
「三万体!、そんなに要るのか」
「是非とも」
「うーん、そうか 分かった」
首相は「この議題は連邦法114条により次回に持ち越しとする」と宣言した。
リエールとクリスは超小型汎用エミ型人工頭脳を乗せて、宇宙船離発着場から地球に向けて発艦した。
リエールが「これからワープする」と言った瞬間からクリスはびびった。四次元に入ると何も悪いことはしてなくても、我が身に起こった恥ずかしいこと、隠しておきたいことなどがあらわになる。四次元ルートは菩薩級にならないと平静で通れない。
「ワープ解除」と言うリエールの声と共に、宇宙船はR14を離れて地球の大気圏内に出た。
「さてクリス、酔っ払っていくか、しらふで行くか、どうする」
「う-~ん、日本国の首相との約束もあるし、酔っ払っていくか」
「よし、じゃあ酒を飲もう」
「海岸近くに着水してくれ、サザエを採る」
そうして二人は海に潜りサザエ、ハマグリなどを取って来た。それを宇宙船の焼けたコンロに網を敷き、サザエ、ハマグリが口を開けた時、醤油をさして酒のつまみにした。
「美味い!」
二人は少々酔ってきた。
頃はよし、さて日本に行くかと二人は重い腰を上げた。
かなり重い、重責だ。二人に課せられた任務如何では、この星は氷の惑星となる。地球の運命は二人の肩にかかってきていた。だからこそ飲みもした。
宇宙船は首相官邸の前の中空に浮かんだ。
陸上自衛隊のAH1Sコブラが飛んできた。
「おい、前回と同じだぞ」
「また君が代をかけるか」とクリスが言った。
「そうだな」
「エミ、君が代を頼む」
人工頭脳のエミが君が代を流し始めた。
それを合図に陸自のヘリは消え、官邸の玄関から宇宙船の真下まで赤い絨毯が敷かれた。
総理秘書官がハンドマイクを持って、
「ようこそ地球へ。これから酒宴の用意をしますので今しばらく」と言っている。
リエールは、マイクを握ると、
「酒宴もよろしいが、それよりも全世界の報道機関を今すぐに集めてください。手の空いている官邸職員は、どの国でもいいから電話かけて、全ての首脳たちを直ちに呼んでください」と言った。
官邸の周りは報道機関者で慌ただしくなってきていた。テレビ局は特番を組み、頭上にはテレビカメラを積んだヘリコプターが何機も生中継をしている。羽田空港では各国元首が次々と降り立ち、パトカーが首相官邸へ先導していた。
日本の国民も、中国の国民も、アメリカやオランダの国民も、テレビの国際放送を見ながら手に汗をかき見守っている。
リエールはエミに、地球で誰もが一番知ってる曲は何かと尋ねた。
エミは、カラヤン指揮 ベートーベンの第九だと教えた。それで第九交響曲を流した。
宇宙船のスピーカーは地球上のものとは違う。その重低音で鉄筋コンクリートの壁が震えた。またオクターブの高い高音の波動でガラスが割れた。報道陣一同、皆その歌声に感涙した。
その歓喜の曲が終わり、また静寂が訪れ、時が流れた。
総理秘書官が「お茶でもどうですかー」と声をかけた。
「今度はお茶か」リエールとクリスは苦笑いをした。
ツイッターとフェイスブックのおかげで、ローカル局の報道陣も大勢集まって来ていた。アメリカ大統領も到着し手を振っている。
「いよいよ降りるか」とクリスは言った。
「そうだな」とリエールは言い、首相官邸前に宇宙船を着地させた。
ドアを開けるとまたもやフラッシュの攻勢に出会った。陸上自衛隊中央音楽隊の演奏のもと、首相官邸の二階に上がった。そこは立錐の余地もないほど各国首脳で埋め尽くされていた。最後に遅れて来たのは、日本とは一番近い韓国大統領だった。
「また よくおいで下さいました」と総理が相好を崩してリエールとクリスに握手をした。各国首脳たちとも握手を交わした。
「それからこれは、私どもからのプレゼントです」と、先ほどクリスと武官たちが運んでくれた、超小型汎用エミ型人工頭脳を各国首脳に渡した。
「取扱い方はいたって簡単です。箱に語りかけるだけで、その時、その場所で起きたことが立体映像で見られます。これは地球が記憶している嘘偽りもない真実のレコードです。 イエスの生涯も、ブッダの生涯も、ムハンマドの生涯も丸見えです。だから彼らをいたずらに神格化しないでもらいたい、この意味が分かりますか」
「そしてどの国が一番 神ながらの国であるのかも、そのアカシックレコードを見れば一目瞭然です。 それが分かればその国の真似をしてください」
「これは私どもの国からのプレゼントです。その超小型汎用エミ型人工頭脳は、おおよそ全てのマスコミにも届けます。だから隠すことはできません」
「それから一番遅れて来たあなた、ことさら反日を掲げるあなた、自国の歴史を知らずして他国の歴史問題を問うあなた、その国にどれだけ助けられたのか、恥を知りなさい。私はこの地球を氷漬けにする権限を持っています。何故しないかと言えば、そこには小さいながらも尊ぶべき国があるからです」とリエールは言った。
「重ねて言う。その箱でイエスの生涯を見て下さい。他のどのような預言者でも構いません。生の生涯を見てごらんなさい。イエスではなくイエスの父を見て下さい。釈迦ではなく、お釈迦様をこよなく愛された宇宙神を見て下さい」
「その箱をよく見てごらんなさい。まあ、ちっぽけな箱だけど、それでも地球神と繋がっています。その箱を見て、あなたはイエスと思いますか。その箱を見て、ブッダと思いますか。その箱を神棚にあげて拝んでも何の意味もありません。その箱はいわば携帯電話です。その箱は聞いて観るためにあるのです」
しばし場内が静かになった。
「いやあ、すごい箱ですね。失われたアークの箱 いやそれ以上…宇宙は奥深い」と総理が言った。
「一度行きましたよね」
「はあ、あの時は四次元ワープで泣かされて」
「はっはっはっは」と、居並ぶ首脳たちがやっと笑った。
終始不機嫌だったのは中華人民共和国主席ただ一人だった。
意味は分かる。
共産党の崩壊である。
おのおのの首脳たちは、超小型汎用エミ型人工頭脳を大事に抱え祖国に旅立っていった。首相官邸の一階では各国の記者たちに、クリスが超小型汎用エミ型人工頭脳を配っている。
「あなたはダメ、先ほどあげたでしょう」
「各社一個づつだからね」
「ただ箱に向かって、時代と場所を言うだけで隠された真実が立体映像となって映ってきます」
「大きく見たい時は大きく、人間の視野で見たい時は人間の視野でと言ってください」
「右を見たい時は右、左を見たい時は左」
「分かりましたか」
超小型汎用エミ型人工頭脳の威力は凄まじかった。ユーチューブにもアップされ、テレビはもちろん、新聞でも各紙 連日一面トップで新たな事実が報じられていた。
中東での戦火が消えた。
突然、箱からアラーの神がおでましになった。
そして諄々と説いておられた。
各地でも同じであった。
イエスを信奉するものにはイエスが、ブッダを信奉するのもにはブッダが眩い光と共に現れ、地球神の体を借りて説いておられた。
中国では孔子が降りてこられた。
リエールとクリスは驚いた。
「そんな機能はないはずなのに」
「地球には優しい神様が大勢おられる」そう二人は思った。
日本では、日に日にお伊勢参りをする外国人が増えてきた。どうやら日本が世界の メッカ になりつつあるようである。
迎賓館には連日、山海の珍味が届けられていた。
桃やっこと詩織が酌をしてくれる。
「この からしレンコンは美味い」
「酒に合うな」
「ところで、あかりはどうした」とクリスが尋ねた。
「このお、」と 桃やっこがクリスの袖を引っ張った。
「あかり姐さんはおめでたです」
「おめでたと言うと」
「子宝に恵まれたんですよ」と詩織が言った。
「ほう」
「うふふ」と二人の芸子はクリスを見て笑った。
寝室ではリエールのベッドには桃やっこ、クリスのベッドには詩織がもぐり込んできた。そしていつもどうり抱きついてきた。二人の女が寝息を立てたころ、
「なんですか大佐どの」とクリスが応えた。
「なにか一つ忘れているような気がする」
「何がですか」
「うーん、それぞれの国の指導者は変わったか」
「まだ変わっていません」
「そこなんだが」
「はい」
「国の選挙で選ばれた者が、果たしてその国にふさわしい人物か」
「人気投票になっております。地盤 看板やら金脈」
「だよな、それではこの星は変わらん」
「何かいい方法でも」
「うん、霊界探知機が必要だ。あの超小型汎用エミ型人工頭脳にはあれが欠けていた」
「それで」
「回収する」
「あの超小型汎用エミ型人工頭脳を」
「そうだ、どこに配布したか分かるか」
「エミに聞けば分かる」
「では明日にでも回収しよう」とリエールは言った。
総理は相好を崩して「来日外国人が二億人を突破しましたぞ」と言った。
「二億人か」それなりに効果はあったなとリエールは思った。
「総理、お願いがあるのですが」
「なんでしょう」
「あの超小型汎用エミ型人工頭脳を回収して、バージョンアップしたいのですが」
「付加機能を付けるということですか」
「そうです」
「どんな」
「霊界探知機を付けます」
「ほう、そ、そんなことが出来るのですか」
「できます。そこで各国に送った汎用エミ型人工頭脳を返品してもらいたいのです」
「その霊界探知機を付けて戻してくださるのですか」
「もちろんです」
「その霊界探知機というのは具体的にどのようなことが出来るのですか」
「亡くなった人と直接お話ししたり、霊界の隅々、果ては神界におられる神々様のお働きも垣間見れます。それはそれを見る人によって異なります。ある人は凡夫の世界以上は見れないし、またある人は如来界まで見えます。そうした徳力のある人物がやがては認められる日が来ます」
「分かりました。内閣府総力を挙げて回収に努めましょう」と総理が言い、エミのメモをもとに、官邸職員全員を集めて回収の電話をかけ始めさせた。
リエールは宇宙船に戻ると、九次元回線で母国の首相と事のあらましを話した。母国の首相の話では「ユニットと科学者を送らせるので、地球で工場を建てたらどうか」という話だった。さっそくリエールは、総理に迎賓館前の広場に工場を建てる許可を願い出た。
総理は閣議決定をし、迎賓館前の造園を壊してブルトーザーで更地にした。そこへコンクリートが流し込まれ、分厚い壁が出来、平たい屋根がこしらえられた。防塵装置も備えられ、あちこちには監視カメラも付け、二十四時間体制の防犯対策が取られた。
テレビカメラが衛星中継をしている。取り巻く群衆に官邸はガード線を張った。
「今度はどんな箱が出てくるのだろう」
「何でも亡くなった人と話せるらしいぞ」
「えっ、お父ちゃんとも」
迎賓館に貨物船のアラジャがやってきた。リエールとは同期の船長だった。
「お前も汎用エミ型人工頭脳を三万台とは、えらく吹っかけたな。あとで宇宙連邦評議会で大もめに揉めたぞ」
「まあ飲め」とアラジャに酌をした。
詩織は「まあ毛深い方は大好き」とアラジャの肩に寄り添った。
「そ、そうか」
「わが星に来るか」とまた余計なことを言った。
やがて三万台の人工頭脳が出来上がった。そこで首相は国連加盟国、そして各部族の長らを招いて、新しくできた国立競技場で箱を配布すると宣言した。
式次第は本日から諸国の集まり具合と言うことになった。無論 航空運賃は日本国政府が賄うこととし、内閣府総出で各報道機関にも通達した。
その日から羽田成田は入国ラッシュとなった。入国ラッシュは三日間続いた。そうして四日目に式典が執り行われた。各国首脳は新しくできた観客席に、各国報道機関と各国の群衆は競技場に満ち溢れた。
まず天皇陛下が「第一回東京国際霊大祭」の開幕を宣言し祝辞を述べられた。続いてアラジャの宇宙船が七色の光の輪を放ち競技場に降り立った。
ここでアラジャは箱を持ってマイクを握るや、
「この箱はただの箱ではない。天と地が合体している箱ぞ、神棚に祭れとは言わんが、敬意を払おう。 いわば現代のアークの箱ぞ、その身腐れどもゆめゆめ疎かにはされぬように。この箱には数字が出るように仕組んである。おのれの霊界での何界の何階層にあるのかとな。それはその人物の徳力を現す指標である。くどくどとは言わん、おのれより上にあるものに従いなされ」
アラジャはそういって、大量の改造エミ型人工頭脳を置いて宇宙船と共にゆっくりと上がって行った。
和服に身を飾った大和撫子から、各国首脳と各国報道陣にその箱は渡された。
各国首脳は「これがアークの箱か」と胸震わした。花火も上がり貨物宇宙船からの光の束を浴びながら、国立競技場での「第一回東京国際霊大祭」が閉幕した。
このアークの箱は予想通りの結果を発揮した。霊界探知機で如来界が見えたりしたもの、あるいは菩薩界が見えたものには、それに応じた地位が与えられた。学校も役所も、民間企業においてでもある。特に官僚はその霊位によって治める地位が定められた。
霊位は年齢性別によって変動しない。各国は競って自国民の霊位を調べた。その中から首相および大統領を国民は選び始めた。
「ばっちゃん、元気か」
「ばっちゃんは天国におるんで、なあーんも心配なか、それよりおなごはできたと」
「おなごはおらん」
「おらんてか、ひとりも」
「ああ、じゃあ ばっちゃん元気でな」
「ひとりも おらんてか…」
《はい、次の人》
こんな会話があちこちで交わされていた。
この星は変わりつつある。ゆっくりとだが確実に変わってきている、そうリエールは思った。超小型汎用エミ型人工頭脳と霊界探査機のユニットのおかげで変わりつつあった。
「もう大丈夫」
「よーし、じゃあ一杯呑むか」と、リエールは桃やっこに酌を頼んだ。
「まあ、調子のいいこと」と桃やっこは酒を注いだ。
クリスは「おれにも」と詩織に盃を差し出した。
詩織は「お宝が当たりますように」と注いだ。
「なんの宝だ」
「うふふふ」と二人の女は笑った。
今や 汎用エミ型人工頭脳ユニットの箱を模した神輿が、世界中で練り歩いている。エジプトでもアメリカでもオーストラリアでもインドでもアラスカでも、
「祭ーりだ、祭ーりだ、祭ーりだ、豊年祭ーり、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、祭ーりだ、祭ーりだ、祭ーりだ、大漁祭ーり、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、」
リエールとクリスは、もう地球を離れる時が来たと思った。
誰にも見送られず二人は地球を後にした。
あかりは幼いわが子を抱いて、大マゼラン銀河の方向を指さし、
「あれがパパの星よ」と言った。
「パパ」
「そうパパの星」
あかりの澄んだ瞳の先に、見えないはずの小さな光が宿っていた。
「了」
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by hirosi754
| 2017-10-21 11:29
| 小説