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a0144027_16453443.jpg 遺伝子のテレメアは、「細胞時計」と呼ばれている。
 塩基配列は染色体の端にあり、染色体同士がくっつかない役割も持ち、ワンセットは、TTAGGGという組み合わせになっていて、DNAはそっくりコピーされるが、テレメアが少しずつ短くなった形で行われる。つまり、テレメアは分裂の度に、大体十セット位ずつ減って行く。そして、もう減ることが出来なくなると、細胞は分裂を中止して、死を迎える。

 クローン人たちもこれに倣った。地球人と同じテレメアの配列である。それによって、幼年期から、老年期までと魂の肥しが増え、人の痛みが少しずつ分かって来るのである。
 さすが、イザヤ紳により徳力を与えられたお蔭である。そして霊界を創り、日本の高天原を真似て神界を創った。そこにイザヤ神の分霊を奉った。もちろん天津神々も、日本から飛んで来られていた。イザヤ神の分霊は、過度の蓄財を禁じた。飢えた国民が出ぬように、教育と福祉に力を注いだ。

 そのクローンの人達が、イザヤ神の所へオリオンからやって来た。
 MC95というオリオンの星に、イザヤ神の分霊を頂き、その神が見事に御成長を遊ばされ、更なる大きな御光りを御持ちに成られたことを、御報告がてらにやって来られた。
 そして、神風特別攻撃隊の面々と、ブナの勇猛果敢な兵士達と、元 一木支隊の人達を、是非、我がMC95の星に来て、娘を選んでもらえないかとの話しだった。随員の中に、美しい女人が混ざっていたのはそのせいなのか、関行男大尉が一目惚れをしてしまった。

 顔に発疹が出たり消えたりするこの地に馴染んだ人達を残し、丹田に力を込めて、皆は乗船した。そこへあのカンミちゃんが飛んできて、またかわいらしいもう片方のポケットから関行男大尉に、どんぐりの実と魔法の銀の粒を渡した。
a0144027_13255745.jpg 「これは、爺っちゃまの種だから」と、是非、銀の粒と一緒に植えてくれるように一粒のどんぐりを大尉に頼んだ。大尉等は、神風特別攻撃隊に機乗するように、MC95へ向かった。伊邪那岐、伊邪那美命の、クローンの星である。あの玉姫が、師と仰いだ長老の星へである。

 関行男大尉は、その女人に名を尋ねた。その女人は、「ロクサアヌ」と答えた。何やら、シラノ、ド、ベルジュラックに出てきそうな名前だが、「で、貴方のお名は」とロクサーヌが聞いた。
 「私は 関行男といい、神風特別攻撃隊の一番機の隊長でした」とその時のあらましを、かいつまんで言った。250キロ爆弾を抱え米護衛空母セント、ローに体当り攻撃をして、空母の燃料にも引火し、大爆発を起こし、自分が誰やら何やら分からず、後はセム殿の星の宇宙母船で魂ぱくを修理し、肉体を復元して頂いて我に帰ったのです。
 「あいやあ」とそのロクサアヌが言った。暫らくして、あれえっ、と関は思った。日本語を喋っている、「ロクサアヌよ、なんで日本語を喋っている」と聞いたら、「これが国語です」と答えた。
 「祭神は、皆日本の神様ですわ」と言った。「何ですと、」
 「また追々にご説明しますわ」とロクサーヌは言った。その眼差しに関大尉は見惚れた。そしてこの母船に乗っている、凡そ二千五、六百人の人達は、一夫多妻制でこの世の春を謳歌するのである。遺伝子欲しさにそうさせるのであった。こうしてクローンは、徐々に人の子になって行くのである。それも美人揃いときている。羨ましい限りである。
 「あっはっははは」 何と目出度いことか、元は死霊部隊の河部曹長と伊藤上等兵、鬼塚二等兵らは喜んだ。増田為吉というブナで玉砕した植木屋も喜んだ。もうオリオン座のMC95に着陸態勢に入った。その星は地球に似ていたが、砂漠はなかった。


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 そして大尉は、ロクサアヌと共に その見事な大都市を見た。天にも上ろうとする摩天楼を見て、やはり田舎が良いなと ロクサアヌに言った。
 「もちろん御用意はしておりますわ」と、空飛ぶ乗り物で山懐の庵風な、日本家屋に案内された。関は零戦のパイロットだから、一機貰いうけ操縦してみてこつを掴んだ。そしてロクサアヌを連れて国中を飛び回り、あらましこの星と国の概様を知った。
 寝間に付くと、ロクサアヌは私の額と自分の額をくっ付け、その大きな澄んだ黒目で私の目を覗き見て、接吻をした。ロクサアヌは、「私一人を愛して下さいませ、他の女子といる所は見たくはありません」と言い、「私も同じ思いだ」と大尉も言って ロクサアヌを喜ばした。

 その数ヶ月経ったある日、関こと小西行長はこの星、MC95の高天原に上った。殆ど日本のそれとは同じであった。その山の頂にはイザヤ神の分霊が一際光彩を放っていた。また八合目には、天照大御神様の分霊も薄紫の輝きを放っていた。ああ、愛でし国の神界であった。
 「ロクサアヌ、この地の高天原は素晴らしい所であった」と関大尉が言った。更に、「ロクサアヌ、喜べ」と大尉が言った。
 「クローンの子供達が、人の子になる もうその時期がそこまで来ている」「私が連れてきた来た勇士達が子を生み出したぞ」と言った。そのロクサアヌが、
 「あなた、私にも子が出来たみたいです」と言った。
 何と、私にもか。好事は続くとはいうが、
 「   」
 敵艦に突入して行ったであろう、同胞の顔が浮かんでは消えた。
 …
 関大尉は、瞑想に入るべく裏山の庵まで足を運んだが、ふと、あのカンミちゃんのどんぐりを思いだして踵を返し、どんぐりと魔法の銀の粒を持ってきて、裏山の庵の庭にそっと埋めた。大尉は、「カンミちゃんごめんな、きっと大きな木にするから」と心の内で約束をした。それをロクサアヌが にっこりと見ていた。
 …
 関大尉は、瞑想に入った。すると宇土城主であった小西行長の頃の、懐かしい前世の記憶が甦って来た。天草の人達と膝を交え、ここは水利が悪いゆえ、田畑と認めぬようにした事や、団子汁を食わしてもらった事などを、懐かしく思い出していた。
 「うん、あれは美味かった」 そして亡霊となり、天草の衆と原城内の火炎の中で、幕府軍をきりきり舞いさせた事なども、思い出していた。遠くで笛の音のような、鳥の鳴き声が聞こえてきた。そういえば甚兵衛、益田甚兵衛好次には世話になった。セムは今ごろどうしているのか、
 「あなた」とロクサーヌの呼ぶ声が聞こえてきた。「やれやれ」と嬉しそうに腰をあげ、 「セムよ頑張れ」と思った。思えば、関が原の合戦以前から、私の片腕となって世話になった。今、心にあるのは、戦火に散った セムと四郎と、二千九百人の つわもの達の事であった。「あなた」とロクサーヌの呼ぶ声がまた聞こえてきた。この ロクサアヌに出会えたのも、セムの人々のお蔭であった。
 …
 それから一週間後、再び仕事を片付けて、暫らくは私を呼ぶなと、ロクサアヌに言ってから、吾が庵で、過ぎさりし日々の思いを浮かばせた。


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 …
a0144027_17304010.jpg 遅咲きの梅が満開になっている。
 ここは高天原の山里にある、荘厳な霊たちの国だ。あの原城のみんなが集っている。天草、島原の衆、それに参加した将士達が宴を楽しんでいる。天人が、酒肴を運んでくれている。ほのかに赤く色づいた梅の香りが、この山里の辺りを包んでいた。
 みな死力を尽くして戦ったその話しで、座が一段と盛り上がった。甚兵衛ことセムとセシルと四郎が一座の中にいた。「天草島原の百姓ば、侮りなさったお礼たい」と口々に言い、天草地方の子守唄をみんなで歌った。島原の衆も歌った。「はあよかばい、よかばい」と手拍子を合わせた。それにセムが笛で拍子を合わせて、梅の香を集めた。
 まだ幼い子が、梅の香りに誘われ、踊り始めた。この子も小槍を持って、火炎の中での死闘で一撃を食らわした、つわものの子供であった。そう言えば、あの武蔵の頭に石を投げつけた小童は、この子であったかもしれない。いまは愛くるしい子供に帰って、大勢の天の童子たちに囲まれて育っている。
 異国のルシエルという天使が酔っ払って、どうやら酒は始めてだったらしい。ろれつが回らず、一寝入りしている。セシルが四郎にこれからどうすると聞いた。四郎はこの国にまだ徳川に夢を抱く、下郎の神がいる限り、そこに寝そべっているルシエル天使と共に、デウスの神界に行くと言った。後のことは甚兵衛に任せるとも言った。
 そして宴が終るころ、みんなはここに残ると言い、ほろ酔いのルシエルという天使と共に、四郎は異国の神界へと昇っていった。が、少しよろよろしている。「大丈夫かいな」と小西行長殿が言った。「ほんにまあ、あげん振らついとりなさって」「無事に着かっしゃるとかいなあ」と天使ルシエルを見て皆の衆が言った。

 高天原の山里に、天草村、島原村を作った。日本の神はキリシタンであろうが、なかろうが、そんな偏狭な神ではない。小西行長殿の遺臣団もその村の近くに留まった。そこには大石内蔵助殿や、堀部安兵衛殿(アレン・薮中)と、不破数右衛門殿(ミール・畑中)の家族もおられた。そして今また、棚田を作って暮らしておられた。行長は一際高い山裾に、居を構えた。
 …
 そこまで思い出すと、ロクサアヌが瞑想中の私を見ようと忍び足できた。私が先に見つけると、「うふふ」と笑った。「どんぐりに双葉の芽が出ましたわ」と嬉しい知らせを受けた。これも神の御業なのか、どの神なのか、伊邪那岐、伊邪那美の神様方なのだろうか、早いものである。今では樫の木が ロクサアヌの宝物になっていて、大事に世話を焼いた。増田為吉という植木屋も世話を焼きに来た。そして勢いよく成長を始めた。
 「ははあ、これはカンミちゃんの魔法の銀の粒のせいかな」と関は思い出し、カンミちゃんのにっこり微笑む、かわいい笑顔が見えてきた。


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a0144027_9225892.jpg 海兵70期の、艦爆乗りの関行男元大尉の所へ、中野盤雄元一飛曹、谷楊夫元一飛曹、永峰肇元飛長、大黒繁男元上飛の敷島隊の、神風特別攻撃隊の四名の面々が訪ねてきた。みんな同じ職場で働いている、テストパイロットである。今日は休日なので、関大尉と蕎麦焼酎を持参して飲もうと来たのである。それに ロクサアヌ見たさに来たきらいも 無くはなかった。ロクサアヌは、程好い熱さの蕎麦湯をもって奥から出てきた。この蕎麦湯分りの焼酎が、実に美味いのである。焼酎分りを飲みながら、話は弾んだ。
 一夫多妻制は、日本人にはどうしても性に合わないという話になった。皆、ロクサアヌに引けは取らない美人妻を貰っている。そのうちに戦争の話になった。あれは酷かった。「いやあ、凄かった、」知力胆力に劣る将軍に付いた将兵こそ、惨めな者はいない。敗戦の玉音放送を、皆は空飛ぶ葉巻型の、母船の中で聞いた。





 中野盤雄元一飛曹が、ゲーテの詩編を、
 …
 みずから勇敢に戦った者にして初めて、英雄を心から褒めたたえるであろう。
 暑さ寒さに苦しんだものでなければ、人間の値打ちなんか分かりようがない。
 …
 と、詠んだ。

 桜の花は美しい。その散ぎわは見事だ。その桜ふぶきが舞い上がっているとき将は言う。「おれも必ず後から逝くと」 だがもう桜は葉桜だ。
 「兵を死地に追いやって、その若き優秀なDNAを絶やしておいて、後から追い腹すれば、その罪が消え、DNAが甦るとでも思っているのか」と谷楊夫元一飛曹が言った。「ほんと、戦犯で首をくくられた奴もいたな。あ奴も大量のDNAを壊しておいて靖国行きか、何にかおかしくはないか」と永峰肇元飛長が言った。
 ところで零戦が、敵艦に激突する前に敷島隊の一機が海中に没した。大黒繁男上飛の機体と思われる。操縦席に敵弾を浴び、艦をかすめて海中に沈んだ。その零戦を、セムの国の母船の人は、大黒上飛と共々に拾われ、復元した一機が在った。
 …
 「ああそう言えば、こちらに来る時に在ったな」と上飛が言った。
 「そうだ」「ああ、思い出したぞ」
 「たしか格納庫の奥に、梱包したまま入れてあったはずだな」と、
 「人体は元より、零戦まで復元して貰い」
 「何から何まで、セムの人達には御世話になったなあ」と皆は思った。
 「さっそく明日にでも飛ばしてみよう」と言う話しになった。
 …
 次ぎの日、晴れ渡ったクローンの上空で 零戦が飛んでいる。懐かしかった。愛でるように関大尉は機体を擦った。死んだ仲間の顔が次々と映っては消えた。「おっと」 機銃のスイッチを押したら機関砲から弾が出た。
 「おおびっくりした」
 晴れた昼間、零戦が異国の空を、孤を描いて飛んでいた。

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a0144027_11223027.jpg セムはアラブの地の上空を飛んでいた。平成十六年(西暦2004年)四月、バクダットより西の地パルージャ、そこは地獄であった。正義という仮面をかぶり、またも米軍が殺戮戦を繰り広げていた。そしてそれ以降、この国はテロの標的となり、暫くの間、多くの血が流れ、手の施し様がなくなっていた。
 同年四月二十日、早朝、セムはまた少し飛んで、イスラエルとパレスチナの上空で見てしまった。昔、アメリカ人が インディアンを追いつめ、領土を我が物にしたように、イスラエルが、まるで癌細胞のように、パレスチナの人々の領土を、しかも無断で、そのオリーブの果樹園を根こそぎ掘り返し、我が物顔に侵食して、壁を作り始めていた。
  …
 「皮肉なものだなあ」
 「まるでナチスの雛型だなあ」とセムは思った。
  …
 どれほどの罪を犯し続けているのか、ヘブライの子孫が(日本人が)、貴方がたを見ている。もう生粋のユダヤ人なんて数えるほどしかいない。西洋人の似非ユダヤ人は、嘆きの壁に額を打ち続け、
 「何を祈っているんだか」

a0144027_11282648.jpg 「えっ、まさか、平和を祈っているって訳ではあるまいな」
 到底そんな民には思えない。なにせ選民だと教え続けられてきたからな。時空を超えて 人類を包み込む、遥か彼方で流される、清らかな涙のひと雫を、君らは知っていますか。何故力を合わせて、この星で互いに幸せに暮らそうとは思わないのですか。時、処が変わって、別の宗派のところに、君達は生まれ変わってゆくのですよ。本当に選民だったら、まず真っ先に、貧しい国の人びとを助けて上げなさい。そんな初歩的なことも分からずに、ただ偉そうに 「ああ、もう 私も嫌になった」とセムは言った。

 そもそも最初の神がミスったのか。
 あり得る。
 故意に時限爆弾を刷り込んだのか。
 大いにあり得る。
 遠い昔の、誤り伝えられた神に祈っている。

 その神は、「貴方とは何かを」教えてはくれなかったのですか。君達は、異教徒の家に生まれ変わって行くかも知れないのですよ。立場が変わるのですよ。断言してもいい、創造主は えこひいき等はしてはいない、そんな小さなものには関心がない。その清らかな一筋の涙の意味を、君らは知っていますか。嘆きの壁に好きなだけ何時までも、額を打ち続け考えてみて下さい。次に生まれ変わって来たとき、もうユダヤ人で無くなっていたとき、あなたの神は何と教えているのですか。
 そして「うわっ」と見てしまった。

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 「ああ、ああ」
 ここで悲しき「バーバーの、弦楽のためのアダージョ Op.11」が、セムの心を打ち震えさせる。
 前途ある青年が 車に爆弾を積んで自爆していった。

 何を勘違いしている。
 何を勘違いして死に急ぐ、焦るな、焦るな、イスラムの戦士よ。あなた方がやることは、まだまだ山とあるのですよ。法灯を守るとは、そういう事をすることではないのですよ、善き事を成し続けることなのですよ。
 「人も動物も殺してはいけないという真のイスラムの教え、素晴らしいではないですか」 それなのに、何のためのラマダンだったのですか。何のための日々、アラーへのお祈りだったのですか。

 そして、預言者ムハンマドの言葉を思い出した。「すべての行動は、ニーヤ(意図)と共にありと」、神意と共に在りと、うまずたゆまず 益あるものになれ、正しきものを作り続けよと、実在のムハンマドも言っている。実在のアラーの神も、キリストも言っている。これは嘘ではない、これこそが真理である。焦るな、焦って妙な解釈をするな、どうか、どうか、もっと広い心を持って下さい。貴方のその広い心で、世界中の人を赦して上げてやって下さい。
 時間はまだまだ、一杯残っています。決して焦ることはありません。あと、五十億年はあります。預言者ムハンマドも口伝であったのか、旧約も、新約聖書も口伝であったのか。その歪められて伝わった言葉に、人々は酔い痴れている。元は同じ神なのに、異母兄弟なのに、それが分らぬ人々になっていた。年少組みのこの地の人だから、まだ若い霊だから、ここで徳力を説いてもまだ分るまい。ああ、慈悲のひと雫を… この地の人達に… とセムは思った。

 2009年1月20日正午、米国大統領が就任したその日、イスラエルとパレスチナの つかの間の休戦であったその日、パレスチナの荒廃した街角で、「子供たちが戦争ごっこをしている… 」 これがセムの、この地での最後の言葉になった。


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 宇宙の創造主の声が、「良かよか、よかっと」
 「好きんごつやらせて、放っておけばよかとばい」「飽きがくんまで、やらせておけばよかっとばい」とセムの脳裏に聞こえてきた。
 「天御中主の如く、溶かせる時は 見ん事溶かせて見せるよってな、あっはっは」とお語りになられました。「こちらで良かごつ始末ば付けるばって、そぎゃん心配ばしなさんなよ」とも、仰られました。
 「地球もあと五十億年後には、太陽どんに吸い込まれ、地獄もろとも溶けてしまうとぞ」
 「こん五十数億年の時間は、あっという間に来てしまうとばい」
 「幾ら善かごつしたと思ったつもりでん、またどぎゃん名誉職に付こうがな、心に一点の曇りばあれば、みんな太陽どんに吸い込まれ、押し潰され続けるとばい」
 「おれがおれがとかな、わしがわしがと、自意識が強すぎると、みんな地獄に堕ちて行きよらすと。わしもおれも、そもそも そういうもんは無かっとばい。解るか」

 「よかか、よう聞けよ、セム」と、創造主は念をおされた。
 「限りなく、かぎりなく優しく純粋であれよな、セム」
 「太陽どんのごて、与えっきりの人生を送れよ、見返りば決して求めてはいかんとぞ。よかか、こんこつこそが最後の審判であるとばい。解るか」
 「心が澄んだ霊人と人のみがなあ、宇宙母船に乗って、新たな星に旅だって行くとばい。そん星は他に幾らでん在っと」
 「人は一億年、二億年では、まだまだ心が澄まぬとばい」
 「ここで一つ教えておくばって、無償の愛がそん扉を開ける鍵じゃ」
 「どげん人に対しても、無償の愛は、どげんもんに対してもじゃぞ」
 「そん扉を開ける鍵を持てるまでには」
 「一億、二億では、まだまだ心の修練が足りんとばい」
 「よかか、今のまんまでは、五十億年以上は、懸ってしまうとぞ、地獄もろとも溶けてしまうとぞ」
 「じゃから、阿弥陀仏どんが、声を嗄らしておられるとばい、早ようせいと、もう船が出るぞうー、とな」
 「こんで少しは分ってくれたかのう、セムどんよ」と仰られました。

 「それからな、セム」
 「人間によって蓄くわれた知識という富はなあ」
 「こりゃあ この世のすべての黄金以上に値打ちがあるとばい」
 「そん富は、永遠に人間に付いて 運ばれる宝物じゃからな」

a0144027_1956673.jpg 「人間の底力というもんはなあ」
 「ルートヴィヒの運命の第四楽章のごつ、終わりそうでなかなか終わらんとばい」
 「苦悩ば超え、歓喜へとじゃ。皆さん、良かごつよかごつ、登って行きよらすと」
 「こんからどんどん 良うなると」
 「まだまだ、人間も捨てたもんじゃなかったっとばい」
 「おいが そげん創っておいたっと」
 「楽しかなあ」と仰った。

 …
 「一億二億は、洟垂れ小僧かあ」
 セムは、これほど簡単明瞭な説法を聞き、吾が悩みが、消えた。無償の愛があればこそ、人は誰でも救われることを知った。
 人間によって蓄積された知識は、永遠に人間に付いてまわる宝物なのだ。勇気を出せ、気高くあろう、何物にも恐れず、何物にも惑わされず、
 凛として、
 更に益在るもの、正しきものを作らんと、
 セムの心は弾んだ。
 …













 「エピローグ」

 あの ロクサーヌのところに、玉のような男の子が生まれた。関行男元大尉はそれはそれは大変な喜びようだった。
 頬擦りしてみたり、高いたかいをしてみたり、その子があどけなく笑う姿をみては、涙がこぼれてきて また頬擦りをした。

 関こと小西行長は、はて遥か昔、何処からか感じる気高い心の温もり、懐かしい心の波動、まだ小さいながら、その気品溢れる端正な顔立ち、「おお、」と小西行長は思った。その子がロクサーヌの横笛を取ったとき、確信に変わった。関こと小西行長は叫んだ。
 「甚兵衛ー、益田甚兵衛好次、ああ、よう来てくれたなセムよ、よう我が家に生まれ変わって来てくれた… 」 関は涙が止まらなくなった。ロクサーヌはどうして 夫がくしゃくしゃな涙顔になっているのか解らず、それでも吾が子の愛おしさに嬉しさが込み上げてきた。関行男元大尉は、この子にはセムと名前を付けた。その子は、「こちらに」向かって、にっこりと微笑んだ。

 中野盤雄元一飛曹の妻、リイズのお腹にも女の子が宿っていた。リイズには一度も、つわりらしきものが来なかった。そのリイズが、お腹の中の女の子が、姫、自分の名は姫と言っていると夫の盤雄に言った。
 「姫か、それは高貴なお子だぞ、して何姫と言っておられる」
 「さあ、私にも だだ姫とだけ聞こえてきます」とリイズが言った。そしてまた、かわいらしい女の子として生まれてきた。中野盤雄は、だだ姫とだけ名前を付けた。

 あの爺っちゃまの若木は、まだ成木には成っていないが、カンミちゃんの魔法のせいで、いまや七、八メートルほどの、樫の木として成長していた。
 中野盤雄元一飛曹は、姫を連れて関行男元大尉の処に、たびたび遊びに訪ねていった。姫がセムちゃんの処に行くと言って駄々をこねるのだ。

 セムと姫は樫の木の周りを回り、そして背もたれして樫の木と話をした。
 「セムよ、よう大きゅうに成られたな」と爺っちゃまの若木が言われた。「姫も、もうそろそろ玉姫と名乗っても良かろう、な、玉姫」と言われた。姫は、何やら幼い心の中で、言い知れぬ震えが、その小さな胸の内で湧き上がってきた。「ああ、敦盛さま」 それをセムには悟られぬように、「ふん」と言った。

 関行男元大尉は、その樫の木の枝に、二つのぶらんこを拵えてやった。そして二人は 天までとどけよとばかり足を高々に上げ、勢いよくこぎ始めた。その爺っちゃまの若木の腕は、「うぬぬっ、」と痺れながら、大地に踏ん張り、両手をあげて玉姫とセムを支えていた。

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 「了」



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