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a0144027_21573775.jpg 「うひゃあ」
 「おい、起きろ、これは美味いぞ」
 テーブルの上にも下にも酒瓶が幾つも転がっている。
 「どうした、何が美味い」と、眼をこすり ふら付きながらも椅子に着くと、
 「何だ この魚、赤いぞ」
 「金目鯛だ、金目の塩焼きだ」
 「ほう…」
 「なるほどなるほど、これは美味い、酒のつまみにはもってこいだな」と言って、二人はまた飲み始めた。

 「ところでこの金目鯛、どこで仕入れた」
 「ほらそこ」と、窓の外の青い海を指さした。
 「この船で釣りをしていたのか」
 「そうだ、まだあるぞ」
 「そうか」
 「酒が進むな」
 「ああ、進む、美味いな」

 「なあ、ところで今日で何日目だ」「出発してから」
 「二日目だ、二日間飲み通しだ」
 「30万光年で二日か、少し遅れて四次元ワープしたからな」
 「で、ここはどこだ」
 「ここか」
 「人工頭脳 エミに調べさせてみよう」
 「えーと、ここは銀河系の端にある、地球という星らしい」と、クリスが言った。
 「うーん、えらいところに来たな」と、リエールが言った。

 「リエール、これからどうする」
 「そうだな、飲みながら考えるか」
 「エミに教わった、この金目鯛の煮つけも美味いな」
 「うん」
 「それはそうと、この星の序列はどうなっている」
 「序列というと」
 「最も格式の高い国」
 「そこへ降りるのか」
 「降りてもいい」と、リエールが言った。
 「エミ、調べてくれ」
 「はい」

 「天皇陛下、ローマ法王、エリザベス女王、アメリカ大統領、各国大統領、各国首相、の順となっております」と、エミが言った。
 「天皇とは、日本国のエンペラーか」
 「そうです」
 「それじゃあ、日本まで飛んでくれ」
 「分かりました」と、エミが応えた。
 「本当に行くのか、日本にな、そして本当に降りちゃうのか …」と、クリスは思った。

 二人を乗せた円盤は東京上空に来た。
 「さて、どこに降りるか」「どうせなら首相官邸にしよう」と、リエールが言った。
 「えっ、いきなりか」とクリス。
 そして首相官邸の前の中空に浮かんだ。


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 時ならぬ訪問者に、官邸の周りは大騒ぎとなった。
 暫くして、上空には武装ヘリが旋回しだした。
 「おい、ミサイルをぶち込まれるぞ」と、クリスは言った。
 さらに、航空自衛隊の戦闘機も飛んできた。
 「そんなの当たってもどうってことないが、そうだな、ここは敵意のないことを示そうか」
 「クリス、何がいい」
 「うーん」
 「国歌ってのは」
 「君が代か」
 「そう」
 「エミ、君が代を流してくれ」と、リエールが言った。
 そして空飛ぶ円盤から、君が代が流れて来た。
 が、短い。
 すぐに終わった。

 まだ武装ヘリが旋回している。
 「ダメだ、ひょっとして、信仰心を試しているんじゃ」と、クリスが言った。
 「俺たちをあのエイリアンだと言うのか」
 「だったらエミ、般若心経を頼む」
 「そうだ、流してくれ」
 円盤から般若心経が流れた。群衆がどよめいた。が、これまた短く間が持てない。
 「どうする」
 「はて」
 「雅楽はどうでしょう」と、人工頭脳のエミが言った。
 首相官邸に時ならぬ雅楽の音が流れた。
 「これはいい、終わりがない、エンドレスだ」

 いつしか上空には、多くの報道機関のヘリがテレビカメラを向けている。
 地上にもカメラの放列が出来ていた。
 リエールとクリスが、円盤の窓からそれを見ていた。ロイターと日本の報道機関は来ていたが、まだBBCが来ていない。
 二人は、全世界の報道機関が集まるまで、金目鯛の煮つけをつまみに、酒を飲んで待つことにした。


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 地上では軍楽隊が整列して、官邸の玄関まで赤じゅうたんが敷かれた。
 エミのおかげで、世界中の言語が二人にインプットされた。
 眼下は黒山の人だかりである。BBCもCCTVも来た。

 「さあどうする」
 雅楽の演奏を止めた。
 「おい、どうする」と、クリスは言った。
 静寂が訪れた。

 リエールはマイクを握るや、
 「酒はあるか、俺たちはただの通りすがりの酔っぱらいだ」と言った。
 官邸からはどよめきが起こった。
 総理秘書官らしき男がハンドマイクを持って、
 「酒はあります」と言った。
 「すぐに呑めるか」と、リエール。
 「用意させます」と、その男は答えた。
 「堅苦しい挨拶は抜きだぞ」
 「承知」「さっそく酒宴の用意をさせます」と、秘書官が言い、
 「それまで待つ」と、リエールは答えた。

 首相官邸では、慌ただしく宴の準備がとり行われた。
 「用意が出来ましたぞー」と、今度は首相が言った。
 「やれやれ」
 「一杯呑んで、それから帰るか」
 「そうするか」
 二人はそろそろと、円盤を地表に着地させた。

 そしてドアを開けると、フラッシュの攻勢に驚き、世界中のテレビに二人の赤ら顔が映った。どうやら特番を組んでいるらしい。
 軍楽隊の演奏の中、総理直々のお出迎えを受け、リエールとクリスは官邸の中に入った。

 二階に上がった二人は、山海の珍味や数々の酒に狂喜した。
 「お、これはアサリの酒蒸し」
 「そう、アサリには日本酒が合いますぞ」と、首相が言った。
 「お、これはアジの開き」
 そして二人はとことん呑んだ。
 首相は、なんと安上がりな異邦人だろうと心に思いつつ、
 「どこから来なすった」と、聞いた。
 「30万光年も先にある惑星だ」「地球で呼んでいる記号は知らんが」と、リエールは言った。
 クリスは、器用な箸さばきでアジの開きを食っている。
 「で、幾日でこの星に来られた」と、首相が聞いた。
 「一昨日だ、多少寄り道したから二日かかった。四次元ワープすると直ぐだからな」
 「ほう」と、首相は唸った。

 「ところで酒のお返しだ、何がしてもらいたい」と、リエールが言った。
 首相は暫く考えて、
 「そうだなあ、福島第一原発を廃炉にしたいのだが …」
 「無理だろうか」と言った。
 「何だそんなことか」
 「お安い御用だ」と二人は、SPに囲まれて宇宙船に戻った。
 「エミ、福島第一まで頼む」と言って、空飛ぶ円盤は消えた。

 地上ではアメリカ大統領が到着していて、「何で帰した」と、首相に詰め寄っている。
 各国首脳もぞくぞくと集まって来ていた。


 a0144027_1254325.jpg宇宙船は、福島第一原発まで来ると、不思議な音階とともに、青色のビームを照射し始めた。
 得も言われぬ音階であった。
 照射が終わると、エミが「六ヶ所村まで行ってみましょう」と言うから、そこの核廃棄物貯蔵施設まで行き、不思議な音色と共に、ビームを照射した。

 無事除染が終わると、二人を乗せた宇宙船は官邸の前に姿を現した。


 「何か妙だ」
 「うん」
 世界中の首脳が集まっている。
 「こりゃあ、えらいことになったな」と、リエールは思った。
 「俺たちばかりじゃ太刀打ちできん、エミも連れて行こう」と、クリスが言った。
 それでエミを取り外し、船外に出た。

 SPに取り囲まれて二階に上がった二人は、総理に「もう大丈夫」
 「放射能はなくなった」と言った。
 「なめてもいい」
 「燃えるゴミ、燃えないゴミに分別してもいいし」
 「汚染水は、水道の水より綺麗だ」と言った。

 アメリカ大統領は、「なんと、核物質を無害化できるのか」と驚いた。
 「それでは困る」と、中国主席が言うと、
 「あんたらの星がどうなろうと知ったこっちゃない」と、リエールが語気を強めて言った。
 「まあまあ、お気を悪くなさらず、どうぞご一献」と、首相が取りなした。
 「これは」
 「芋です」
 「芋とは」
 「芋焼酎です」
 「ワインもありますぞ」と、フランス大統領が言った。
 それでワインと芋を同時に呑んだ。
 だいぶ酩酊してきた。呑み合わせが悪かった。

 「あの丸い箱は」「何やらコンピュータみたいに見えますが」と、人工頭脳のエミを見て首相が聞いた。
 「エミのことか」
 「じゃあ、この国の歴史を見せよう」と、エミに一億五千年前のムー大陸の終焉を見させた。
 テーブルの上にムー大陸の立体画像が浮かんだ。
 「拡大して」とエミが言うと、ムー大陸の都市が浮かんだ。


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 「横から、そう眼の高さ、人間の視野で」と言うと、ムーの貴族が生き生きと映し出された。
 「この方々が、日本人そして天皇家の祖先です」と、エミが言った。
 「おお、」と歓声が上がった。
 そしてムー大陸がゆっくりと沈んでいった。
 貴族たちは、天の浮舟で船団を組み、日本列島へ向かう様子が映った。
 また一部の船団はエジプトに向かった。
 「これが十二支族の祖先か」と、イスラエルの大統領は唸った。
 「うーん」
 暫し沈黙が訪れた。

 「我が国の歴史は、」
 「地球の歴史は、明智は何で謀反を試みた、その有り体を見てみたい」などなど、各国首脳は口々に問いかけた。
 そして、
 「是非、三日ほど エミを預けてくれ」と、リエールとクリスに懇願した。
 首脳たちは、著名な人類学者、歴史学者に電話をかけ始めている。

 「酒だ」
 「酒を浴びるほど飲ましてくれれば、考えんでもない」
 「芋もワインもダメだ、無臭の宝焼酎がいい」と、リエールが言った。
 なんとまあ 安上がりな人たちだなあと、各国の首脳たちは思った。
 「肝臓は大丈夫ですか」と、首相が心配して聞いた。
 「大丈夫だ、地球人より十倍は強い」と、ほろ酔いのクリスが答えた。
 首相はなぜか、ニヤッと含み笑いをした。
 幹細胞を取れると思ったのであろうか。
 「それじゃあ三日間だけですぞ」と、リエールは言った。

 エミを残して二人は迎賓館に入った。
 首脳たちは、人間が猿から進化したものではなく、おのおの遠い惑星から移住してきたことを知った。
 学者たちは、残された72時間を不眠不休でエミに問いかけた。
 そして、失われたアークが、伊勢神宮に保管されていることも知った。
 もうみな疲れ切った。

 何を思ったのか、それとも疲れて壊れたのか、アメリカ大統領が硫黄島の激戦地を見ている。
 映画とは違い立体画像である。
 迫力が違う。
 それに硝煙の臭いと爆風の大音量がテーブルを揺るがした。
 脳みそが飛び出し、首脳たちの眼前に来た。
 「うわ、」と居並ぶ人々は顔をそむけた。
 「これはひどい」
 「まったく」







 また中国主席は、南京大虐殺と言われる時代を見た。
 民間人の死人はいなかった。それより みなこぞって、南京城に逃げ込んで来ている。
 主席は苦虫を噛み潰したような顔になった。




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 ・
 リエールとクリスの処には、桃やっこと、あかりと言う美女がやってきた。
 芸子らしい桃やっことあかりは、
 「何でもお世話しますわ」と言った。


 a0144027_13162657.jpg「では酌を頼む」とリエールは言い、クリスに小声で「子種を残したらあかんぞ」と言った。
 「罠か」
 「あり得る」
 「DNAをコピーされる」「首相の罠だ」と、リエールは答えた。
 二人は可愛かった。連れて帰りたいとも思った。
 桃やっこは鯛の刺身をつまみ、「あーんして」と、リエールの口の中に入れた。
 「美味だ」

 クリスはあかりと芸子遊びをしている。
 「金毘羅船ふね、お池に浮かべて、しょらしゅしゅしゅう …」何やら四角い小箱を取り合っていた。
 そこに総理秘書官がやって来た。
 「なんでエミさんは物知りなんでしょう」と聞いた。
 「それは地球のアカシックレコードを読み取っているからだ」
 「はーい、万物にはみな記憶が残されているー」と、あかりが言った。
 「それからなんで地球では争いが絶えないのでしょうか、例えば中韓の反日とか」と秘書官が聞いた。
 「そんなの知るか」と、リエールが言った。

 「それより酒だ、酒を持って来てくれ」
 「あの、」
 「なんだ」
 「エミさんを、後三日ほど、お借りできないでしょうか」
 「あのな」「だから戦争も起きるんだ」「約束も守れないから争いが起きる」
 「これ、基本だぞ」と、リエールが言った。

 「はあ、でもそこを何とか」
 「あと三日か、三日だけだぞ、それに硫黄島、凄かっただろう」
 「はい」
 「しかしどうして、それが分かったのですか」
 「エミとは繋がってるからな」と、リエールが言い、
 「それに百万人にも及ぶ、失われた十支族の日本への帰還の様子も、面白かっただろう」と笑った。
 「はい、イスラエル大使も驚ろかれていました」と、秘書官が言った。

 そして新たに酒肴が運ばれてきた。
 夜は、桃やっことあかりが添い寝してくれた。
 子種が欲しいのか、抱きついてくる。

 エミはフル回転だ。昼夜を問わず学者が問いかけてくる。
 エミも疲れた。


 a0144027_1739813.jpgそこでエミは質問には答えず、大宇宙を見せた。
 驚きと歓声の声が沸き上がった。
 大小の銀河が流れながら目の前を通り過ぎていく。
 臨場感がある。
 みな自然と涙が浮き上がって来た。
 「凄い」
 卓上にテレビカメラが設置された。
 世界中のテレビに、流れゆく銀河の数々が映し出された。

 「美しい」
 色とりどりの銀河の中から、ある銀河に吸い込まれていく。
 「あ、」
 「あれは」
 「地球だ」
 そこにはちっぽけな、青い星が浮かんでいた。

 可愛いこんな星で、毒をまき散らし戦争をしていたのか、各国の首脳たちや学者たちが思った。
 テレビの前の人も思ったであろう。
 「愚かなことだ」
 また官邸に静寂が戻った。

 そもそもどうして こんな星になってしまったのか、みなが考えた。
 「教えだな」
 「そうだな」
 「こんな小さな星には、神はそんなに要らない」
 「争いの火種は、一神教か」
 「キリスト、ユダヤ、イスラム、どれを取っても砂漠の神じゃないか」
 「我こそは、唯一の神であると誰もが言うし」
 「そこで覇権を争うはめになる」
 「考えてみれば、小さなことだな」

 「えー、えへん」と、ここで、「幸いなことに わが神道は、全てのものに神は宿ると教えています」と、日本国首相が言った。
 「なるほど、この大銀河の壮大な調べをみると、そうかも知れん」
 皆は「日本神道おそるべし、さもあらん」と思うようになった。

 エミの立体画像は、まだまだ宇宙の奥深くの銀河まで映し、そしてBGMには、ショパンのノクターン第20番の遺作を流している。
 涙腺が緩んだ。
 琴線に応えた。
 全人類が、それぞれの立場で協力し合うことが、いかに大事か、首脳たちにはよくわかった。
 大進歩である。二人の酔っぱらいのおかげである。

 リエールは桃やっこと、わかめ酒を呑もうと思ったが、
 止めた。
 卑猥である。
 裸で抱き合うまでにした。
 体が反応した。
 だが、耐えた。
 耐え忍んだ。
 憐れ、クリスも耐えていた。

 福島第一原発の解体作業が始まっていた。メルトダウンした元核物質をブレーカーで割り、素手で取り除いた。
 元汚染水は、「リエール飲料水」として市販され、飛ぶように売れた。




a0144027_662021.jpg 「そうだ、カルビ焼きだ」
 「カルビ焼きを焼酎のつまみにしよう」と、クリスが言った。
 秘書官に焼肉セットを頼んだ。
 迎賓館に、大型のガスコンロとたれ、焼肉が運ばれた。
 「ニンニクも頼む」
 「それも大量に、だ」
 ガスコンロに着火した。それからほどなく焼肉を焼いた。
 もうもうとした煙が出て、迎賓館の中に焼肉の臭いが染み込んでいった。

 「ざまあみろ、エミをこき使ったお礼だ」と言って、二人はニンニクの臭いと、煙が充満している金ぴかの迎賓館の中で笑った。
 「このにおい、暫く消えんだろうな」と、クリスが言った。
 あかりと桃やっこが、次々と焼肉を焼いている。
 「おい、ゆっくり呑ませろ」とリエールが言う。テーブルの上と足元には、酒瓶が山となっていた。

 総理官邸では「東京裁判」を見ている。
 「ほんと、めちゃくちゃだったな」と、アメリカ大統領が言うと、
 「どう見ても大和民族は立派だった」と思った。
 「どこが」と、中国主席は言うと、
 「今の時代を見たら、結果的に西洋列強に勝っているだろう」と言い、
 「勤勉で礼儀正しく、暴動も略奪も起きない」 中国主席は黙ってしまった。
 「ところで例の酔っぱらい、こちらに呼ぶか」と、英国首相が言った。
 「ああ」
 「そうだな」と言うことになり、首相補佐官が呼びに行った。

 二人は、ふらふらしながらテーブルに着いた。
 あたりにはニンニクの臭いが漂った。
 英国首相は、人類に何が欠けているかと二人に尋ねた。

 「人類」
 「人類か、俺も人類だけど」と、リエールが言った。
 「あ、いや地球人として」
 「ああ、それは簡単だ」
 「他人のものを盗まないこと、これは十戒にも十善戒にも書いてあることです」
 「国も そして心もね、姦淫しちゃダメですよ」と、リエールが言った。
 「これが地球人に一番欠けているところです」
 「宇宙の泥棒集団です」「地球人は」
 また沈黙が訪れた。

 「泥棒ですか」
 「泥棒です」
 また沈黙が訪れた。

 「どうすれば直りますか」と、英国首相が聞いた。
 「当分治らん」と、クリスが言った。
 「治りませんか」
 「先ほどエミの流れゆく大銀河群を見たでしょう、あの時のような深い畏敬の念を持つことです」と、リエールが言った。

 「ハップル望遠鏡で見ただけじゃ解りませんよ、自分で行かなきゃ」とも言った。
 「うーん、時間がかかるな」
 「だから当分治らん」
 「でも俺たち酔っぱらいが来ただけでも、だいぶ違ったろう」と、クリスは言った。
 「いずれあなたたちも、宇宙船を創って他の星に移住しなきゃならないんだよ」
 「50億年、直ぐだよ」とも言った。
 「はあ」

 「大丈夫ですよ、その時は大勢の仲間が迎えに来るから」と、リエールは言った。
 「そうですか」
 「そんな計画があったんですか」
 「ありがたい」と、総理は言った。
 「しかし宇宙の泥棒集団とは」
 「むさぼりすぎるからだ」と、クリス。
 「言われてみれば、それもそうかも知れん」
 「リエール殿、クリス殿、それにエミ殿、あなたがたは地球の大恩人だ」と、総理は持ち上げた。

 「エミも疲れただろうから、そろそろ帰る」と、リエールが言った。
 「え、」
 「もう帰られる」
 「なにか不手際でも」と、総理が言った。
 「いや」
 「なにもない」

 「それでは一度、宇宙船に乗せていただけませんか」と、総理が提案した。
 「ああ、それは妙案、総理よいことに気づかれましたな」と、各国首脳は言った。
 「それはいいけど」
 「実は」
 「船内はごみ屋敷で」と、クリスは言った。
 「ああ、それは一向に構いません、さっそくクリーニング業者を呼びます」と言うことになった。

 「悪いな」
 「機具の周りはいじらないでな」とリエール。
 総理は席を外し、クリーニング屋に「ごみは捨てず、一か所に保管するように」と、電話をかけている。
 これも罠か、席に戻ると、
 「それで何名乗れますか」と聞いた。
 「50名がやっとだ」とリエール。
 各国首脳は騒ぎ始めた。「俺も乗る、いや私も、自分も頼む」
 そこでテレビ局一社と、先進国順に決めた。
 「いや、GDP順だ」と、中国共産党主席が言う。
 ならば、常任理事国ということで入れた。

 ピカピカの宇宙船は、総理官邸を離れ、一目散に銀河の中に飛び込んだ。
 宇宙船の壁は365度、周りの景色が透けて見える。
 テレビカメラの映像は、エミが増幅して地球に送っている。
 「おお、」
 「これはこれは」
 流れゆく銀河の数々に、みな壁に張り付いている。
 「美しい」
 「こわい位だ」
 首脳たちは、まことの神の気配を感じて、ただ終始、無言であった。

 「これから四次元に入ります」と、リエールが言った。
 すると、耳障りないやな雑音が聞こえて来て、それが過ぎると首脳たちは霊界に入った。
 おのおのの首脳は、自身の恥ずかしい姿を走馬灯のように見た。
 涙が頬を伝わった。
 「ワープ解除、これから三次元に戻る」という声が聞こえて来た。
 そこはもう、30万光年離れた場所であった。
 目の前には、青く光る惑星があった。

 「寄ってみますか」と、リエールが言った。
 「いやあ、私どもにはちょっと」と、先ほどの醜い自身の姿を思い出して、
 「恥ずかしくてとても寄れない」
 「自力で来れるまで待ちます」との、首脳たちの意見であった。
 「ではエミ、映像だけでもお見せして」と、リエールが言った。
 円盤の中央にあるテーブルの上に、立体画像が現れた。

 牧歌的な風景であった。
 高層ビルも、高速道路もなかった。
 「もっと寄せて、そうあの子ら」と、クリスがエミに言った。
 それはもう、地球では見ることもないほど、絵ににも描けないほど美しく、可愛い女の子と男の子たちだった。
 そして天女のような先生と手をつないでいる。

 「エミ、都会を映してみて」と、クリスが言った。
 半透明なビルが並んでいて、歩道は程よく緑に光っている。
 街ゆく車は浮かんで走っていて、空港では宇宙船がひっきりなしに、いろんな光を発光させて離発着していた。
 空はあくまで青く、山々から流れる渓流は、すがすがしいイオンを発ししていた。その地下には、巨大な水素発電機が回っていた。

 「では帰りますか」と、リエールが言った。
 「四次元を通りますから、見たくないものまで見えるので」と、各首脳にティッシュを渡した。

 それからワープして地球に戻った。テレビを見ていた大勢の人たちの歓声を浴びた。
 天皇陛下も見ておられた。
 「どうでしたか」と、リエールは首脳たちに聞いた。
 「うーん」
 「よくわからん、わからんが素晴らしかった」
 首脳たちには、それしか言いようがなかった。この地球では本音が言えないのだ。だがあの四次元での涙は本物であった。

 「綺麗だったー」と、桃やっこが言った。
 「なにが綺麗だったの」と、リエールは言った。
 「ほら、あの子ら、テレビで見てたよー」と答えた。
 「ほーう、あの星の子供らか」エミが四次元を通して送って来た映像だった。
 「あの星の人たちは、みんな綺麗だよ」
 「心が綺麗だから」と、クリス。
 「でも、あんたはブスじゃない」と、桃やっこが言った。
 「あっはっは」
 「こいつは面白い」と、クリス。
 二人で「あっははは」「あっははは」と笑った。
 「どうして笑うの」と、あかりが言った。
 「実はな」
 「驚くなよ」
 「リエール、正体をばらすのか」と、クリス。
 「うん」
 「もう、地球に用もないしな」と言って、覆面ならぬ複顔をした。

 「あ、」
 「うそ、」桃やっことあかりは仰天した。
 「え、」
 そこには端正な、どこにも欠点のないこの世のものとは思われぬ、美しいリエールの姿が現れた。
 「キヤー」
 「菩薩さまー」と、桃やっこは叫んだ。
 「じゃあ、俺も」と、クリスも複顔した。如来さまとそっくりである。
 「ええ、」っと、あかりもさらに驚いた。

 官邸に戻った二人の麗人を見て、居並ぶ首相並びに各首脳、閣僚、学者たちは絶句した。
 美しい、人はここまで美しくなれるものなのか、と思った。一点の非の打ち所もない。
 「では、お暇を頂きます」と、言葉づかいも変わっている。
 「あの」
 「何です」
 「お酒に酔っておいででは」と、首相。
 「全然」
 「初めから酔ってはおりませんでしたよ」と、リエールが答えた。
 「つまり手短に言うと、地球のレベルに合わせるにはこの程度かなと思っただけです」と、クリスが述べた。
 「うーん」
 「なるほど」
 「そうでしたか」と、感心したかのように総理が言った。
 「正式の訪問でしたら、ここまであなた方の気持ちは動ごかなかったかなと思います」
 「うーん、そう言われれば あながち …」
 「ごもっとも」
 首相は「今度会ったら、また酔っぱらいで来てくださいね」と言い、みなの笑いを誘った。
 その後、大勢の人に見送られながら宇宙船は地球を離れた。二人に任命された成果が上がったかどうか、まだ分からない。

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 それから月日は流れ、地球では、あかりが子宝を授かっていた。クリスの忍耐力のなさのおかげである。まんまと首相の罠にはまった。
 また日本では、円盤のごみの解析から、大量の化学製品やら新商品が発明されていた。

 「リエール大佐、今回の訪問で、多少は地球人の意識が変わったでしょうか」
 「うーん、どうだかな」
 「変わりゃあせんよ、クリス中佐」と、リエールは思っていた。





                              次回につづく



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 宇宙船は地球からの帰路についていた。
 「あれでよかったのか」とクリスは聞いた。
 「うーん、何とも言えんが、少し心残りだ」とリエールが言った。
 「あの日本が馬鹿にされているんだぞ」
 「そうだな」

 a0144027_14492361.jpg大マゼラン星雲が近づいてきている。M175まであと少しだ。リエールは再び四次元ワープをした。
 四次元に入ると耳障りな雑音が聞こえてくる。それが過ぎると、走馬灯のように自分の半生を見せられる。少しでも悔悟の念がなければ気が狂い、四次元ワープはできない。
 「ワープ解除」リエールは機体を操縦してM175の中にある惑星の都市に着陸した。

 宇宙船ターミナルに降り立つと、「リエール大佐、クリス中佐、首相がお待ちかねです」と補佐官が言った。それで十六八重表菊、いわゆる菊のご紋章が頭上にきらめく大議事堂の隣の部屋に入った。そこには宇宙連合の、ばら、わし、ふくろう星雲、アンドロメダ銀河、大マゼラン銀河、そして銀河系の主だった大使の方々が座っておいでであった。

 M175の首相が菊のご紋の前で言った。
 「地球の様子はどうであった」
 「はい、幼子のようでありました」とリエールは言った。
 「どのように」
 「おのれが出自をひた隠しに隠し、他国の領土を欲しがる赤子のようでありました」
 「では今回の訪問は失敗であったと」
 「いえ、失敗ではありません」
 「と言うと」
 「かの星には、自国の正史というものがまだ分かってはおりません。時代を経るごとに国史は改ざんされております、ですが」
 「続けて」
 「ですが、地球のアカシックレコードを読み聞かせたら、国々の驕りや人々の誤解も解けるかと思います」
 「首相」
 とアンドロメダの大使が言った。
 首相は発言を許した。
 「その国々は核兵器を持っていると言うではないか、そんな国に平和が訪れるわけがない。そもそも地球にはあまりにも多くの異星人が移住して来た。あるものは肉体を持ち、またあるものは霊団としてその肉体に宿り、今日にまで来た。だから纏まるにも纏まるわけがなかろう。しかも救いようがない我欲に堕ちているというではないか。ここで新たな種と交換してみたらどうか」とアンドロメダ大使が言った。
 「新たな種というと」と首相が聞いた。
 「わがアンドロメダの住民は、ひと穏やかで争いを好まず、何より宇宙の真理、神ながらの道を知っています。だからひとまず地球を氷漬けにして」
 「ちょ、ちょっと待ってください」とリエール大佐が口をはさんだ。
 「地球には天皇陛下がおわします。ここM157の天皇陛下と遠縁にあたるお方です。M157の末裔が日本人としてまだ地球にいます。この方々がゆくゆく地球を救います。どうかもう一度地球に派遣してください」と首相に言った。
 首相は「ではもうひとたび、地球への出国を許そう。失敗すれば地球は氷漬けとなるが、覚悟はよいか」
 「はい」
 「それで何か用意するものは」
 「エミ型人工頭脳を三万体」
 「三万体、そんなに要るのか」
 「是非とも」
 「うーん、そうか 分かった」
 首相は「この議題は連邦法114条により次回に持ち越しとする」と宣言した。

 リエールとクリスは超小型汎用エミ型人工頭脳を乗せて、宇宙船離発着場から地球に向けて発艦した。
 リエールが「これからワープする」と言った瞬間からクリスはびびった。四次元に入ると何も悪いことはしてなくても、我が身に起こった恥ずかしいこと、隠しておきたいことなどがあらわになる。四次元ルートは菩薩級にならないと平静で通れない。
 「ワープ解除」と言うリエールの声と共に、宇宙船はR14を離れて地球の大気圏内に出た。

 「さてクリス、酔っ払っていくか、しらふで行くか、どうする」
 「うーん、日本国の首相との約束もあるし、酔っ払っていくか」
 「よし、じゃあ酒を飲もう」
 「海岸近くに着水してくれ、サザエを採る」
 そうして二人は海に潜りサザエ、ハマグリなどを取って来た。それを宇宙船の焼けたコンロに網を敷き、サザエ、ハマグリが口を開けた時、醤油をさして酒のつまみにした。
 「美味い」
 二人は少々酔ってきた。

 頃はよし、二人はさて日本に行くかと重い腰を上げた。
 かなり重い、重責だ。二人に課せられた任務如何では、この星は氷の惑星になる。地球の運命は二人の肩にかかってきている。だからこそ飲みもした。


 a0144027_167473.jpg宇宙船は首相官邸の前の中空に浮かんだ。
 陸上自衛隊のAH1Sコブラとが飛んできた。
 「おい、前回と同じだぞ」
 「また君が代をかけるか」とクリスが言った。
 「そうだな」
 「エミ、君が代を頼む」
 人工頭脳のエミが君が代を流し始めた。
 それを合図に陸自のヘリは消え、官邸の玄関から宇宙船の真下まで赤い絨毯が敷かれた。
 総理秘書官がハンドマイクを持って、
 「ようこそ地球へ。これから酒宴の用意をしますので今しばらく」と言っている。
 リエールは、マイクを握ると、
 「酒宴もよろしいが、それよりも全世界の報道機関を今すぐに集めてください。手の空いている官邸職員は、どの国でもいいから電話かけて、全ての首脳たちを直ちに呼んでください」と言った。
 官邸の周りは報道機関者で慌ただしくなってきた。テレビ局は特番を組み、頭上にはテレビカメラを積んだヘリコプターが何機も生中継をしている。羽田空港では各国元首が次々と降り立ち、パトカーが首相官邸へ先導していた。
 日本の国民も、中国の国民も、アメリカやオランダの国民も、テレビの国際放送を見ながら手に汗をかき見守っている。
 リエールはエミに、地球で誰もが一番知ってる曲は何かと尋ねた。
 エミは、カラヤン指揮 ベートーベンの第九だと教えた。それで第九交響曲を流した。
 宇宙船のスピーカーは地球上のものとは違う。その重低音で鉄筋コンクリートの壁が震えた。またオクターブの高い高音の波動でガラスが割れた。報道陣一同、皆その歌声に感涙した。
 その歓喜の曲が終わり、また静寂が訪れ、時が流れた。

 総理秘書官が「お茶でもどうですかー」と声をかけた。
 「今度はお茶か」リエールとクリスは苦笑いをした。
 ツイッターとフェイスブックのおかげで、ローカル局の報道陣も大勢集まって来ていた。アメリカ大統領も到着し手を振っている。
 「いよいよ降りるか」とクリスは言った。
 「そうだな」とリエールは言い、首相官邸前に宇宙船を着地させた。

a0144027_1227988.jpg

 ドアを開けるとまたもやフラッシュ攻勢に出会った。陸上自衛隊中央音楽隊の演奏のもと、首相官邸の二階に上がった。そこは立錐の余地もないほど各国首脳で埋め尽くされていた。最後に遅れて来たのは、日本とは一番近い韓国大統領だった。

 「また よくおいで下さいました」と総理が相好を崩してリエールとクリスに握手をした。各国首脳たちとも握手を交わした。
 「それからこれは、私どもからのプレゼントです」と、先ほどクリスと武官たちが運んでくれた、超小型汎用エミ型人工頭脳を各国首脳に渡した。

 a0144027_16135051.jpg「取扱い方はいたって簡単です。箱に語りかけるだけで、その時、その場所で起きたことが立体映像で見られます。これは地球が記憶している嘘偽りもない真実のレコードです。 イエスの生涯も、ブッダの生涯も、ムハンマドの生涯も丸見えです。だから彼らをいたずらに神格化しないでもらいたい、この意味が分かりますか」


 「そしてどの国が一番 神ながらの国であるのかも、そのアカシックレコードを見れば一目瞭然です。 それが分かればその国の真似をしてください」

 「これは私どもの国からのプレゼントです。その超小型汎用エミ型人工頭脳は、おおよそ全てのマスコミにも届けます。だから隠すことはできません」

 「それから一番遅れて来たあなた、ことさら反日を掲げるあなた、自国の歴史を知らずして他国の歴史問題を問うあなた、その国にどれだけ助けられたのか、恥を知りなさい。私はこの地球を氷漬けにする権限を持っています。何故しないかと言えば、そこには小さいながらも尊ぶべき国があるからです」とリエールは言った。

 「重ねて言う。その箱でイエスの生涯を見て下さい。他のどのような預言者でも構いません。生の生涯を見てごらんなさい。イエスではなくイエスの父を見て下さい。釈迦ではなく、お釈迦様をこよなく愛された宇宙神を見て下さい」

 「その箱をよく見てごらんなさい。まあ、ちっぽけな箱だけど、それでも地球神と繋がっています。その箱を見て、あなたはイエスと思いますか。その箱を見て、ブッダと思いますか。その箱を神棚にあげて拝んでも何の意味もありません。その箱はいわば携帯電話です。その箱は聞くためにあるのです」
 しばし場内が静かになった。

 「いやあ、すごい箱ですね。失われたアークの箱そのもの。いやあ宇宙は奥深い」と総理が言った。
 「一度行きましたよね」
 「はあ、あの時は四次元ワープで泣かされて」
 「はっはっはっは」と、居並ぶ首脳たちがやっと笑った。
 終始不機嫌だったのは中華人民共和国主席ただ一人だった。
 意味は分かる。
 共産党の崩壊である。

 おのおのの首脳たちは、超小型汎用エミ型人工頭脳を大事に抱え祖国に旅立っていった。一階では各国の記者たちに、クリスが超小型汎用エミ型人工頭脳を配っている。
 「はい並んでならんで」
 「あなたはダメ、先ほどあげたでしょう」
 「各社一個づつだからね」
 「ただ箱に向かって、時代と場所を言うだけで隠された真実が立体映像で映ってきます」
 「大きく見たい時は大きく、人間の視野で見たい時は人間の視野でと言ってください」
 「右を見たい時は右、左を見たい時は左」
 「分かりましたか」

 超小型汎用エミ型人工頭脳の威力は凄まじかった。ユーチューブにもアップされ、テレビはもちろん、新聞でも各紙 連日一面トップで新たな事実が報じられていた。

 中東での戦火が消えた。
 突然、箱からアラーの神がおでましになった。
 そして諄々と説いておられた。
 各地でも同じであった。
 イエスを信奉するものにはイエスが、ブッダを信奉するのもにはブッダが眩い光と共に現れ、地球神の体を借りて説いておられた。
 中国では孔子が降りてこられた。
 リエールとクリスは驚いた。
 「そんな機能はないはずなのに」
 「地球には優しい神様が大勢おられる」そう二人は思った。
 日本では、日に日にお伊勢参りをする外国人が増えてきた。どうやら日本が世界の「メッカ」になりつつあるようである。

 a0144027_19335311.jpg迎賓館には連日、山海の珍味が届けられていた。
 桃やっこと詩織が酌をしてくれる。
 「この からしレンコンは美味い」
 「酒に合うな」
 「ところで、あかりはどうした」とクリスが尋ねた。
 「このお、」と 桃やっこがクリスの袖を引っ張った。
 「あかり姐さんはおめでたです」
 「おめでたと言うと」
 「子宝に恵まれたんですよ」と詩織が言った。
 「ほう」
 「うふふ」と二人の芸子はクリスを見て笑った。

 寝室ではリエールのベッドには桃やっこ、クリスのベッドには詩織がもぐり込んできた。そしていつもどうり抱きついてきた。二人の女が寝息を立てたころ、
 「おい、クリス起きているか」とリエールが聞いた。
 「なんですか大佐どの」とクリスが応えた。
 「なにか一つ忘れているような気がする」
 「何がですか」
 「うーん、それぞれの国の指導者が変わったか」
 「まだ変わっていません」
 「そこなんだが」
 「はい」
 「国の選挙で選ばれた者が、果たしてその国にふさわしい人物か」
 「人気投票になっております。地盤看板やら金脈」
 「だよな、それではこの星は変わらん」
 「何かいい方法でも」
 「うん、霊界探知機が必要だ。あの超小型汎用エミ型人工頭脳にはあれが欠けていた」
 「それで」
 「回収する」
 「あの超小型汎用エミ型人工頭脳を」
 「そうだ、どこに配布したか分かるか」
 「エミに聞けば分かる」
 「では明日にでも回収しよう」とリエールは言った。

 翌朝尋ねて来た総理秘書官に、官邸まで連れて行ってもらった。
 総理は相好を崩して「来日外国人が二億人を突破しましたぞ」と言った。
 「二億人か」それなりに効果はあったなとリエールは思った。
 「総理、お願いがあるのですが」
 「なんでしょう」
 「あの超小型汎用エミ型人工頭脳を回収して、バージョンアップしたいのですが」
 「付加機能を付けるということですか」
 「そうです」
 「どんな」
 「霊界探知機を付けます」
 「そ、そんなことが出来るのですか」
 「できます。そこで各国に送った汎用エミ型人工頭脳を返品してもらいたいのです」
 「その霊界探知機を付けて戻してくださるのですか」
 「もちろんです」
 「その霊界探知機というのは具体的にどのようなことが出来るのですか」
 「亡くなった人と直接お話ししたり、霊界の隅々、果ては神界におられる神々様のお働きも垣間見れます。それはそれを見る人によって異なります。ある人は凡夫の世界以上は見れないし、またある人は如来界まで見えます。そうした徳力のある人物がやがては認められる日が来ます」
 「分かりました。内閣府総力を挙げて回収に努めましょう」と総理が言い、エミのメモをもとに、官邸職員全員を集めて回収の電話をかけ始めた。

 リエールは宇宙船に戻ると、九次元回線で母国の首相と事のあらましを話した。母国の首相の話は「ユニットと科学者を送るから、地球で工場を建てたらどうか」という話だった。さっそくリエールは、総理に迎賓館前の広場に工場を建てる許可を願い出た。
 総理は閣議決定をし、迎賓館前の造園を壊しブルトーザーで更地にした。そこへコンクリートが流し込まれ、分厚い壁が出来、平たい屋根がこしらえられた。防塵装置も備えられ、あちこちに監視カメラも付け、二十四時間体制の防犯対策が取られた。

 いよいよ母国の貨物宇宙船が来た。リエールの指示に従い、科学者と作業員はユニットを工場に入れた。続々と返品の山が出来ている。それを屋内に入れ修理が始まった。
 テレビカメラが衛星中継をしている。取り巻く群衆に官邸はガード線を張った。

 「今度はどんな箱が出てくるのだろう」
 「何でも亡くなった人と話せるらしいぞ」
 「えっ、お父ちゃんとも」

 迎賓館に貨物船のアラジャがやってきた。リエールとは同期の船長だった。
 「お前も汎用エミ型人工頭脳を三万台とは、えらく吹っかけたな。あとで宇宙連邦議会で大もめに揉めたぞ」
 「まあ飲め」とアラジャに酌をした。
 詩織は「まあ毛深い方は大好き」とアラジャの肩に寄り添った。
 「そ、そうか」
 「わが星に来るか」とまた余計なことを言った。

 やがて三万台の人工頭脳が出来上がった。そこで首相は国連加盟国、そして各部族の長らを招いて、新しくできた国立競技場で箱を配布すると宣言した。

 a0144027_16243339.jpg式次第は本日から諸国の集まり具合と言うことになった。無論航空運賃は日本国政府が賄うこととし、内閣府総出で各報道機関にも通達した。
 その日から羽田成田は入国ラッシュとなった。入国ラッシュは三日間続いた。そうして四日目に式典が執り行われた。各国首脳は新しくできた観客席に、各国報道機関と各国の群衆は競技場に満ち溢れた。

 まず天皇陛下が「第一回東京国際霊大祭」の開幕を宣言し祝辞を述べられた。続いてアラジャの宇宙船が七色の光の輪を放ち競技場に降り立った。

 ここでアラジャは箱を持ってマイクを握るや、
 「この箱はただの箱ではない。天と地が合体している箱ぞ、神棚に祭れとは言わんが、敬意を払おう。 いわば現代のアークの箱ぞ、その身腐れどもゆめゆめ疎かにはされぬように。この箱には数字が出るように仕組んである。第何界の何階層にあるかとな。これはその人物の徳力を現す指標でもある。くどくどとは言わん、おのれより上にあるものに従いなされ」

 アラジャはそういって、大量の改造エミ型人工頭脳を置いて宇宙船と共にゆっくりと上がって行った。
 和服に身を飾った大和撫子から、各国首脳と各国報道陣にその箱は渡された。
 各国首脳は「これがアークの箱か」と胸震わした。花火も上がり貨物宇宙船からの光の束を浴びながら、国立競技場での「第一回東京国際霊大祭」が閉幕した。

 このアークの箱は予想通りの結果を発揮した。霊界探知機で如来界が見えたりしたもの、あるいは菩薩界が見えたものには、それに応じた地位が与えられた。学校も役所も、民間企業においてでもある。特に官僚はその霊位によって治める地位が定められた。
 霊位は年齢性別によって変動しない。各国は競って自国民の霊位を調べた。その中から首相および大統領を国民は選び始めた。

 「ばっちゃん、元気か」
 「ばっちゃんは天国におるんで、なあーんも心配なか、それよりおなごはできたと」
 「おなごはおらん」
 「おらんてか、ひとりも」
 「ああ、じゃあ ばっちゃん元気でな」
 「ひとりも おらんてか」
 《はい、次の人》
 こんな会話があちこちで交わされていた。

 この星は変わりつつある。ゆっくりとだが確実に変わってきている、そうリエールは思った。超小型汎用エミ型人工頭脳と霊界探査機のユニットのおかげで変わりつつあった。

 「もう大丈夫」
 「よーし、じゃあ一杯呑むか」と、リエールは桃やっこに酌を頼んだ。
 「まあ、調子のいいこと」と桃やっこは酒を注いだ。
 クリスは「おれにも」と詩織に盃を差し出した。
 詩織は「お宝が当たりますように」と注いだ。
 「なんの宝だ」
 「うふふふ」と二人の女は笑った。

 今や 汎用エミ型人工頭脳ユニットの箱を模した神輿が、世界中で練り歩いている。エジプトでもアメリカでもオーストラリアでもインドでもアラスカでも、
 「祭ーりだ、祭ーりだ、祭ーりだ、豊年祭ーり、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、祭ーりだ、祭ーりだ、祭ーりだ、大漁祭ーり、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、ソイヤ、」
 リエールとクリスは、もう地球を離れる時が来たと思った。
 誰にも見送られず二人は地球を後にした。

 あかりは幼いわが子を抱いて、大マゼラン銀河の方向を指さし、
 「あれがパパの星よ」と言った。
 「パパ」
 「そうパパの星」
 あかりの澄んだ瞳の先に、見えないはずの小さな光が宿っていた。



 「了」



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a0144027_22524967.jpg 茂が仕事先から帰ってくると、玄関先に四つの木箱が積まれていた。
 あて先は「鴻崎茂」差出人の記載はなかった。

 「何じゃこれは」
 茂は木箱の一つを持ち上げてみた。
 「うーん、重たい」
 ふうっ、
 それでも茂は一箱づつ木箱を抱え部屋の中へと運んだ。全て運び終わると、バールとハンマーを持ってきて木箱の蓋をねじ開けた。と同時に茂は仰天した。

 「おおーっ」
 な、何と、
 それしか言葉が出なかった。

 木箱には真新しい帯封が付いた一万円の札束がぎっしりと詰まっていた。
 四つ目の木箱を開けたら札束の上に一枚の書面があった。

 その書面には、
 「鴻崎茂君、この札束を君に進ぜよう。但し条件がある。このお金はどのような慈善団体であろうとも、寄付をしてはならない」
 「すべて君自身のために使うこと」
 「また、このお金の出自については他言してはならない」
 と書かれてあった。

 「うーん」と茂は唸った。
 木箱に腰を下ろした茂は呆然とし、頭の中が真っ白になった。
 暫くして一つの木箱をひっくり返して、百万円の札束を数え始めた。
 「六億…!」
 「そうすると〆て二十四億円かあ」茂は急いで玄関の鍵を閉めた。

 それから百万円の帯封を破り頭上高くに投げた。ひらひらひらひらと一万円のお札が宙に舞った。
 「これからどうしよう」茂は一万円のお札を拾いながら考えた。

 「二十四億円かあ…」
 「あした考えよう」と茂はベッドに横たわった。だが中々寝付けない。貧しかった小さいころの思い出がよみがえって来た。母は失対事業の土方仕事で日銭を稼ぎ、親父は朝から焼酎を呑んでいた。だが、優しい人たちであった。そんなことを考えていたら、うとうとと睡魔が訪れた。




 その夜、茂は幼かったころの夢を見ていた。
 今にも小雪が降りそうな寒い夜、家族四人で家財道具をリヤカーに積み、かじかむ手で坂道を押した。 こうして二年に一度は引っ越しをしていた。
 茂は「今度のお家には長く住めるの」とお袋に聞いた。母は黙ってリヤカーを引いていた。

 ある日、小学校から帰ってきた茂は、目の前の光景に、ただ呆然として立ちすくんだ。
 「あれっ」
 「家がない!」
 借家は更地になっていた。
 「ええっ」
 !…
 「どうしよう」
 途方にくれる茂に、となりの家に住む中学生の女の子が出て来て、「お父さんとお母さんだったら、本渡にある劇場の楽屋に引っ越したよ」と教えてくれた。
 もう使われなくなった劇場の楽屋に親父とお袋がいた。
 そんな遠い記憶の夢だった。


 …
a0144027_12463573.jpg 翌朝、会社に欠勤を告げ、横浜銀行阪東橋支店に電話をかけた。
 「はい、こちらは横浜銀行阪東橋支店です」
 「あの…」
 「はい」
 「預金をしたいんですが」
 「ありがとうございます。ご預金でしたら、当行に午後三時までにお越しいただけますと、お手続きが出来ます」
 …
 「それが…」
 「まだ何か」
 「重くて持てないのですが」
 「重い…、お客様 いかほどご入金のご予定でしょうか」
 「ざっと二十四億円」
 「  」
 二十四億円!
  ですか…

 「はい、そうですが」
 「お客様。担当の者に替わりますので、このままお電話を切らずにお待ち下さい」と女子行員に言われ、携帯に待ち受けメロディが流れた。

 「お客様。大変お待たせしました。私は担当の櫛田というものです。失礼ですが、お客様は当行に口座をお持ちでしょうか」
 「持っています」
 「はい。ありがとうございます。ではお客様の口座番号を教えて頂けますでしょうか」
 茂は支店番号と口座番号を教えた。

 暫くして、
 「確認が取れました。お客様は鴻崎茂さまご本人様でしょうか」
 「そうです」
 「二十四億円ものご預金と伺いましたが…」
 「はい」
 「ありがとうございます。では鴻崎様。本日のお昼前に、ご自宅にお伺いしてもよろしいでしょうか」
 「かまいません」

 それから十一時ごろエントランスのチャイムが鳴った。「横浜銀行の櫛田です」と言われ、オートロックを開錠した。茂は玄関の扉を開けて櫛田という銀行員を待った。
 エレベータから台車を押した警備員と中年の銀行員、それに女性の行員が降りて来た。中年の行員は茂を見つけると「鴻崎茂様でしょうか」と尋ねた。
 「はい」

a0144027_23494720.jpg 二人の銀行員は名刺を取り出して、「櫛田信夫というものです」と言い、女性の行員は「多喜田みどりです」と言った。
 名刺を受け取った茂は「さあどうぞ中へ」と三人を部屋に入れた。

 「うわあ!」と、
 みどりは歓声を上げた。そこには四つの木箱が、蓋を開けられた状態で並んでいた。櫛田は拡大鏡と青色に光るスコープで真贋を確かめている。帯封には三井住友銀行との刻印があった。

 「では多喜田さん、始めましょうか」と櫛田はみどりに促した。みどりは紙幣計算機のコードをコンセントに差し込み、札束を数え始めた。櫛田は百万円づつ輪ゴムで留め、持ってきた袋に入れた。
 三井住友銀行の帯封が山となった。

 それから凡そ二時間は経過したころであろうか。
 「終わりました!」とみどりが言った。〆て二十五億円であった。
 「あ、ちょ、ちょっと待って」
 「一億円は手元に残したいのですが…」
 「分かりました。では鴻崎様。二十四億円のご預金と言うことで宜しいですね」と櫛田が言い、四つ目の袋から一億円を取り出した。

 櫛田は「鴻崎様、それではですね、大変申し訳ありませんが、ここでは記帳することが出来ません。車を用意させておりますので、支店の方にまでご一緒させてもらえますか」
 「分かりました」と、茂は通帳と印鑑を持ち、警備員は四つの袋を台車に載せて階下まで降り、車で阪東橋の支店へと向かった。


 …
 あれから一年、茂は日本国中、旅をして回った。
 春うららかな只見線の無人駅で、開いたドアから電車に舞い込んだ蝶々、朝靄の雲海の中にそびえる中央アルプス、初冠雪で墨絵のような杉木立の山々や、神々しい熊野古道。どれも息を飲む美しさであった。 だが一向にお金は減らない。九十歳まで生きたとしても、毎日十一万円は使わないとお金が余ってしまう。


a0144027_23321866.jpg 茂は久しぶりに明治神宮にお参りに行った。その帰り道、後ろを歩いていた、二人連れの女性の一人が茂に声をかけた。
 「あの、もしかして」
 茂は振り向いて「何か」「… あれっ、多喜田みどりさん」と言った。
 はい!
 「そう。そうです。鴻崎さんお元気でしたか」
 うーん、
 「元気も何も毎日遊んで暮らしております」「今日はどうしてこちらに」と茂はみどりに聞いた。
 「こちら、ベトナムのお友達、ミン・ハインさんと東京見物です」
 「ほう」
 「初めましてミン・ハインと言います。ハノイから来ました」
 「日本語お上手ですね」
 「いえ、ちょっとだけ」とハインは指で仕草を作った。
 みどりは「三人でお茶しましょうか」と言い、竹下通りのスターバックスに入った。

 聞けばベトナムでは、第一外国語が日本語になったと言う。アジア、いや世界でも、最初の快挙である。それで日本語をマスターするために訪日したらしい。
 茂は「日本語学科の先生になるの」と聞いた。
 「はい」
 茂は台湾もベトナムも、ゆくゆくは日本連邦になるに違いないと思っていた。

 「では子供たちの教材となるような、絵本とかドリル、童話集、日本昔話などを、ハインさんの学校に贈りましょうか」
 「いえ、そこまでは」
 「貰っちゃいなさいよ、このかたはお金持ちなのだから」とみどりが言った。
 「そう、贈与ではないよ。後でベトナムのお話などを送ってもらい、読ませて頂きますので」

 ふうっ、
 やばかった。
 一切寄付はするなとの約束を破るところだった。
 茂はメモ帳を取り出して「ここに送り先の住所を書いてくれる、後で拡大コピーして荷物に貼るから」と言った。
 ミン・ハインは学校の住所を書いた。

 みどりは間近で茂の顔を見つめていた。端整な顔立ちでかなりの好男子である。みどりのタイプでもあり自ずと顔は赤るみ、心拍数が上がるのを覚えた。こんな感覚はみどりにとって初めての経験だった。
 茂はみどりと携帯番号の交換をした。そして明日の日曜日の正午、桜木町の改札口で会う約束をして二人と別れた。


a0144027_2555771.jpg 次の日、改札口で合流した二人は、みなとみらいの観覧車に乗った。
 「これ一度、乗りたかったんだ」
 「一人じゃ恰好がわるいもんね」とみどりが言った。
 観覧車はゆっくりと回り始めた。

 「この一年間で、お金はどれくらい使ったの」
 「まだ七百万円」
 「へー、たったそれだけ!二十五億円もあるのに」
 「九十歳まで生きたとしても、毎日十一万円は使わなくてはいけないんだ」
 「毎日十一万円!」
 「協力してもらいたいんだが、どうかな」

 「えー、それってプロポーズ」
 「そう、だめか」
 …
 「いえだめじゃないよ」
 「本気」
 「本気だよ」
 「僕と一緒に、あちこち旅行するので、横浜銀行は辞めてもらうけど、いいの」
 みどりはそれでもいいと言った。


a0144027_23114279.jpg それから二人は、赤レンガ倉庫の中にある宝石店に入り、茂はみどりに婚約指輪を買ってあげた。次に二人は住居を探し始め、横浜市中区元町にある3LDKのマンションと、ホンダCX-Zを購入した。

 茂とみどりは新居に越して来た。二人は、朝は中華街で美味しいおかゆを食べ、夕は横浜球場でビール片手にベイスターズの応援をした。
 そして試合のない日は、ホンダのCX-Zを飛ばして、箱根の温泉宿に泊まりに行った。だがそれでも、二人で一日十一万円のノルマには至らなかった。

 「お金持ちって、やっぱ、かね減らねえもんだなあ」
 「茂さんの小さかったころは」
 「とっても貧しかった」
 「あんなお金持ちがいたのに」
 「たぶん勘当されてたのじゃないのかな」と茂は嘘をついた。
 ふうっ、
 やばいやばい。

 …
 「なあ、籍を入れるか」
 「いいわ」
 「式は挙げられないけど、いい」
 「いい」
 「お友達に大変なお金持ちだとバレちゃうものね」とみどりが言い、机の引き出しを開けて、婚姻届けを見せた。そこには証人の名前と判子も押してあった。
 「うーん、」と唸って茂は笑った。
 …

 翌日二人は、中区役所に婚姻届けを出しに行った。そして茂はみどりの口座に「何かと物入りだろう」と二億円ほど振り込んだ。
 悩みがないってことは好いことだ。みどりはますます美人になった。二人とも貧乏性なのか、お金の使い道を知らない。さあてどうする。
 「今日は何して遊ぼうか」
 「焼肉!」
 「うん、それからカラオケにも行こう」

a0144027_2165533.png 中区役所前でタクシーを拾い、伊勢崎商店街の前で車を降りた。そして安楽亭で焼肉を食べ、隣のビルの4Fにある歌広場というカラオケ店に入った。
 飲み物を注文して、薄暗い照明の個室に入った二人は、激しく抱き合い唇を合わせた。店員が酎ハイとポテトスティックを運んできた。二人はまず都はるみと岡千秋の「浪速恋しぐれ」を歌った。♫…笑う二人に、笑う二人に、浪速の春が来る…♫


 …
 「ねえ茂さん」
 あのね。
 「私たちを見て閻魔様はお怒りになられるかしら」
 「そんなことはないと思うよ」
 「だって悪いことは何もしてないし、欲にかられて、今のお金を増やそうともしてないでしょう」
 …
 「パナマ文書に書かれている習近平とか、孫正義とか、アグネスチャンらの隠し財産と違ってさあ、腹黒い欲がないもんな」
 「そうね、そうだよね、」と言って、みどりは酎ハイを一気に飲み干して、茂の唇を奪い、舌を絡ませてきた。茂はそれに応じた。甘い感触で…、
 気持ち…よかったあ。


 次の日、「茂さんはどこで生まれたの」とみどりが聞いてきた。
 「あ、話さなかったっけ。生駒の小明稲蔵神社の本殿だよ。いかるが三十六峰の一つで、天孫降臨の地でもあるんだよ」
 「へー、凄いじゃん。天使さまだあー」
 「じゃああ、あした親父の墓参りを兼ねて行ってみようか」
 「行くいく」


a0144027_22153371.jpg 二人を乗せた新幹線は京都駅に着き、奈良線から近畿鉄道に乗り換え東生駒で降りた。そしてタクシーを拾い稲倉神社の鳥居の前で停った。一の鳥居、二の鳥居をくぐると、懐かしい我が家の廃屋があり、さらに幾つもの鳥居を抜けると稲倉神社の本殿があった。
 茂はご神体である烏帽子石(えぼしいし)の裏の祠の前に花束を添え、手を合わせて「奈良丸さんありがとう」と言った。
 「奈良丸さんって」
 「親父だ」と茂は言った。
 「あ」
 「あっ」
 「見た」
 「見えた」
 本殿の真上から透明な球体が空高く昇って行った。


a0144027_11111764.jpg 横浜に戻って来た二人は稲倉神社で拾ってきた小石を神棚に置き、朝な夕なに柏手を打ち、日々の平安を感謝し、祈った。
 するとある日、一人の男が訪ねて来た。


 「ごめん下さい」
 茂は戸を開けた。見るからに紳士であった。「鴻崎茂さまですね」
 「はい」
 「私はこういうものです」と名刺を渡された。名刺には「取締役社長、豊田喜一郎」と書かれてあった。
 「あの有名な自動車会社の」
 「そうです」
 「ま、ど、どうぞお入りください」と茂は言った。みどりはお茶を入れて、テーブルの上に置かれた名刺を見てびっくりした。

 「実はですね、」と喜一郎は話し始めた。
 「父が、つまりわが社の会長が先日亡くなりまして、父の遺品を整理していましたところ、あなた様のことが書かれた調査依頼書がありまして、こうしてお伺いさせていただいた次第です」
 「はい」
 「実はあなたと私は、実の兄弟です」
 「はあっ」

a0144027_2362898.jpg 「さぞや 驚かれたことでしょうが、あなた様は、父と愛人の間に儲けられた私の弟です」
 「はあっ」
 「親父はその頃忙しくしており、愛人であるその娘は、あなた様を連れて生駒に帰られたそうです。まだ若いその娘だけでは育てきれずに、稲倉神社の本殿の前に置いて来てしまわれたそうです」
 「はあ」
 「そして鴻崎奈良丸ご夫婦に拾われ、大切に育てられているものだと親父は思っていました」
 「はい」
 「ところが、あなた様たちご夫妻が大変なご苦労をされておられたことが、のちのち興信所の調べで親父の知ることとなりました」
 「はあ」

 「父の遺言状には、あなた様のことは書かれてありませんでしたが、私の一存ではありますが、財産分与を致します。どうぞこれを受け取って下さい」そう言って豊田喜一郎は十億円の小切手を茂に渡した。
 「それは、どう、も…」
 しかしなあ…
 あの二十五億円も実の父からなのか…、二重取りになると不味いかなと思い「うーん、どうする」と茂はみどりに聞いた。
 「ハインちゃんのこともあるし、ここは頂いておけば」とみどりは言った。
 「それはどういうことですか」と豊田喜一郎が聞いてきた。
 「小学生からベトナムの第一外国語が日本語になるそうで、それでベトナムの先生方が日本語を学びに来られます」と茂が言った。


a0144027_12422296.jpg 「第一外国語が日本語に!」
 「それも小学生から!」
 「はい」
 「それは素晴らしい。本当に素晴らしい。是非わが社がスポンサーになります。ベトナムに工場を建てる計画もありますので、経済的な支援はもちろん、人材も任せて下さい」と喜一郎が言った。
 「土地建物、それに日本語教師も、わが社と、おそらくは大手の製造業社も負担するかと思います」と、世界的に有名な自動車会社の取締役社長が言った。
 「ではここに、一度 連絡してみたらいかがですか」と、茂はハインが書いた学校の住所を渡した。

 その夜、茂は「どうする、またお金が増えたぞ」と十億円の小切手をひらひらさせて みどりに言った。「もう知らない!」と、みどりは布団の中にもぐりこんだ。
 そして布団から顔をのぞかせ「あしたベイスターズ勝つかなあ」と言った。


「了」


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055.gif 幸作と幸子と閻魔大王 白神の夜1-2 未来からの訪問者 天草島原の乱1-2 昭生と朱美 神曲ep.1  二人の酔っぱらいep.1 洞窟での出来事 野良猫との再会 覚永和尚  みどりと信夫の大当たり  仙人候補生と姉弟 二人の酔っぱらい1-2 神曲 第一部1-56 神曲 第二部57-78 亜衣姫と羅夢王1-7


 「森田殿ー」
 「森田源左衛門助六殿ー」
 「森田源左衛門殿ー」と、長屋の外で名を呼んでいる。聞き覚えのある声だ。「戸は開いておるぞ。中へ入られよ」と言うと、「では御免」と引き戸を開け、中野進左衛門と小栗藤堂が、それぞれ手に酒樽と酒のつまみを持って入いってきた。
 「おお、中野殿に小栗殿、むさい処ではあるが、ささ上にあがられよ」と助六は言った。ともに山田道場の仲間である。
 「まずは目出度い」と小栗藤堂が言い、二人は酒樽を畳の上に置いた。

a0144027_1142865.jpg 「これは有難い」と助六は木製のお椀を三つ取り出し、三人で車座にあぐらをかき、お椀に酒を注いだ。
 「では、森田源左衛門助六殿の免許皆伝を祝うて」と進左衛門が言い、「おう」と三人は盃を上げた。


 「しかしその若さで、よくぞや山田光徳(一風斎)殿よりの免許皆伝を授かれるとはな、恐れ入った」「直心影流の極意とは何ぞや」と藤堂が聞いた。
 「まあ一言でいえばじゃの、時を超えて 神羅万象を飲み込まんとする合気じゃろうか」
 「んーん、良くは分からぬが、一つ巻物を見せてはくれまいか」と進左衛門が言った。
 「これじゃ」と、森田源左衛門助六は巻物を開いて見せた。
 「おお、これが直心影流の皆伝書か」と二人は、干物を食いながら しげしげと見入った。
 と、その時である。

 「森田の旦那ー」
 「源左衛門の旦那ー」と声をかけ、
 戸を開け息せき切って、長屋の大工、甚五郎とお梅婆さんが飛び込んできた。
 「どうした」
 「じょ、上意打ちじゃ」
 「どこで」
 「そこ、長屋の入り口」と甚五郎は指さした。
 お梅婆さんは「十四、五人に囲まれておって、あれじゃあ返り討ちじゃあ」と言った。
 森田源左衛門助六は大刀を握るや、はだしのまま駆け出して行った。

 「あいやあ待たれい」と切り合いの中に割って入り、「拙者は長兵衛長屋の助六と申す者でござる、仔細を伺いたい」と言ったが、「問答無用」と相手側の旗本が切り込んできた。助六は咄嗟に体をかわし、一刀のもとに切り伏せた。
 戦いのさ中、「我は備中の守、これは堀田正俊様よりの上意書でござる」と手練れの侍は封書を見せて言った。「相分かった、森田源左衛門助六、御助勢仕る」と言い、お主の名はと聞いた。剣客は「向坂伊右衛門でござる」と答えた。
 中野進左衛門と小栗藤堂、それに大工の甚五郎とお梅婆さんが見守る中、伊右衛門と助六が相手方の旗本を「応じ技」にてバッタバッタと切り殺して、上意打ちは終わった。

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 向坂伊右衛門は、懐紙に何事かを書き、「相手は旗本なれば、身の処し方は心得ておる。捕り方が来るのでこの場から去られよ、」と助六に言った。上意書と懐紙にしたためた覚書を眼前に置き、脇差で腹を十文字に掻き「裏ちりつ表を散りつ紅葉かな」との辞世の句を残し、刃先が肝の臓まで達したのか大量の血を流しうつ伏せになり、果てた。「裏ちりつ表を散りつ紅葉かな…」森田源左衛門助六は、上には上があるものだと感じいった。

 その夜、みなが帰った後、助六は大小を腰に差し、正座をして印を組み瞑想に入った。「おん さんまや さとばん」と三度真言を唱えた。これから直心影流の奥義、一風斎口伝の身渡りの術をするのである。
 丹田に気を移し瞑目するや、眼前に光の輪が出来た。そこに今でいう時計のようなものが現れ、コチコチコチコチと時を刻み、短針と長針と秒針とが合わさったと思われよ。その刹那、森田源左衛門助六は長屋から姿を消した。
 助六の生身は一旦は海に沈み、やがて浮上し雑音と共に雷(いかずち)に打たれ、未来へと思う気持ちと共に気を失った。
  …

a0144027_16223442.jpg まゆゆが「あ、父ちゃん車を停めて お侍さんが倒れている!」と叫んだ。そこで高須一郎が車をバックさせ、歩道に倒れている侍の横に停車した。
 高須とまゆゆが車から降りると、
 「もしもし」
 「もしもーし」と声をかけた。
 まゆゆが刀の柄を握り、少しばかり鞘から抜いた。
 「うわあ、真剣だ」とまゆゆが驚き鞘に納めた。
 そのとき助六は目を覚ました。

 「ここはどこじゃ」
 「横須賀ですけど」と高須一郎が言った。「そうか横須賀村か」
 「いえ、村ではありません。昔 江戸の時代にはそう呼ばれていましたが…」
 「ほう、お主たちは 見れば南蛮渡来の装束をしておるが、今はいつの世であるのか」
 「平成✕✕年、西暦20✕✕年です」
 「西暦とは」
 「あ、そうでした。西暦は西洋の暦でした。我が国の正式な暦では、今年は皇紀26✕✕年となります」「何と皇紀26✕✕年とな。我は貞享二年(西暦1685年)より参った。名は森田源左衛門助六と申す。決して怪しいものではござらぬ」
 「そうでしたか…時を超えて来られましたか… 私は高須一郎と言い、この子はまゆゆと言う中学三年生です。もう夜もふけて参りましたが、宜しかったら我が家に一晩泊まっていかれませんか」と、高須は恐れもなく聞くと、「左様か、それはかたじけない」と、助六は後部座席に座った。そして助六が乗った車は、高須が住むマンションに到着した。

 さっそくエレベータで7階まで上り、高須一家の部屋に案内された。高須の妻、聡子が夕食を馳走してくれた。助六は食べ終わるや、
a0144027_11575397.jpg 「おお、これは変わった木刀だな」と、助六は軽々と面打ちの素振りを始めた。「それはバット… 」と高須が言おうとしたが、バットの先がつゆともぶれない。
 高須は驚いた。
 バットの重みを微塵にも感じさせない。
 そこで高須一郎は助六に野球のビデオを見せた。「ほう、この木刀に球を当てるのじゃな、他愛もないことじゃ」と助六は言ってのけた。

 翌朝、高須は横須賀にあるベイスターズのファームに助六を案内した。高須一郎はファームの打撃コーチであった。さっそく高須は、助六をバッティングマシンが置かれてある屋内に案内した。高須は助六が右利きか左利きかと問うたが、
 「どちらでも構わん」と助六が言った。
 高須は、バッティングポーズして見せ、あの機械から高速の球が飛んできてと、マシンを指さして、その木刀、いやバットで打ちかえすのだと教えた。
 「相分かった」と助六が言い、右バッターボックスに立ち構えた。
 最初の一球が来た。
 カキーンという音とともに弾丸ライナーが天井近くのネットを揺るがした。
 つづく二球目、三球目も、
 そして百球目もホームラン性の弾丸ライナーを飛ばした。
 今度は左バッターボックスに構えたが、同じく金属製の音を立ててライナーを飛ばした。
 いつしかバッターボックスのゲージ周りには、二軍の選手たちが集まっていた。その中には二宮至ファーム監督もいた。
 森田源左衛門助六は興に乗って来たのか、160キロもあろうかというボールめがけて、鞘に納めていた小柄を投げた。コロコロコロコロと転がるボールの芯には、小柄が突き刺さっていた。

 これには二宮至二軍監督も驚いた。もっと驚いたのはTVK、テレビ神奈川のクルーたちであった。ちょうどファームの取材をしに来た時であった。その後これが全国ネットに共有され、全国津々浦々までに放映されたのである。

 二宮至監督は、グラウンドに出て実戦形式の打撃を助六にさせた。先ずは二軍降格となった林昌範投手が投げた。球が大きくそれた。それに食らい付いて助六は右翼スタンドにファールを打った。すかさず高須コーチは助六に歩み寄り、ストライクゾーンを教え、「ボールには手を出さないように」と言った。
 「なるほど、されば簡単じゃ」と助六は言った。
 次の球はストライクから落ちるツーシームだった。助六は難なく場外に飛ばした。 その映像はTVKのカメラに撮られていた。髷(まげ)を結い袴を穿き、二本差しで、たすき掛けの姿は、お茶の間に流れた。「んーん」と二宮至監督は唸った。

 至は助六に、今度はピッチャーをやらせてみようと思った。投手コーチはグローブとボールを持たせ、プレートに足をつけ、捕手のグローブめがけて投げるのだと教えた。
 「相分かった」と助六は言った。
 まずは捕手を立たせて何球か投げさせた。助六は難なくグローブに納め、キャッチボールは終わった。
 バッターボックスに二軍の選手が立った。捕手がアウトローに構えた。そこへ149キロのストレートが捕手のミットに吸い込まれていった。つづく二球目は内角低めのストライクゾーンに投げた。捕手のミットは微動だにせずに受けた。三球目はど真ん中に159キロの直球を投げた。打者は空振り三振をした。


a0144027_8301926.jpg この日の映像は「貞享二年からきた侍」として全国に報道された。それから残留許可と市民権を与えるようにと、全国各地から、横須賀市役所に嘆願書と電話がひっきりなしにかかってくるようになった。
 テレビ局各社からの出演依頼も殺到した。「どのような幼年時代を過ごされましたか」との質問に、「物心ついたころには朝三千回、夕に八千回の立木打ちをしておった。これは示現流でのう、長じて直心影流を習得し、今にいたっておる」
 「江戸の治安についてはどうでしたか」との問いに、
 「お主らが思っておるより当時の江戸は暮らしやすく、罪を犯すものは五年に一度ぐらいであろうか、お江戸八百八町を五人の与力で治めておった。これは仁をなし義に生きることを重んじる、この国の人々の間に、大和の心があったからなのだと思う」
 「そうでしたか、ありがとうございました」と、リポーターが礼を言った。それから助六のファームでの一部始終の映像が流された。

 二宮二軍監督とラミレス一軍監督は、助六を呼び、「もしも残留許可が下りたなら、是非ベイスターズの一員になってはもらえないか」と聞いた。「承知」と助六の内諾を得た。
 国会では、菅官房長官も特別残留資格の許可が妥当だと言い、法務省も特別に残留資格の許可を認めた。横須賀市役所は戸籍を作った。戸籍の生年月日には寛文六年五月三日と書かれてあったが、住民登録書には本人の申告どおり三十四歳との但し書きがなされてあった。

 高須一郎バッティングコーチと助六は、高須のマンションに帰って来た。聡子は嬉しそうにハサミを持って待っていた。助六の髷を切るのである。調髪を終えると聡子は衣類一式を助六に着替えさせた。まゆゆは、野球のルールをノートに書いて教えてくれ、小学校六年生の教科書を助六に渡した。
 明日からは、ぶっつけ本番での一軍デビューである。

 次の日、横浜球場で記者会見が行われた。
 背番号42、MORITA と書かれたユニホーム姿で助六が現れた。「How is it, good.」とラミレス監督がにんまりと笑って、報道陣に紹介した。見ればかなりの男前である。
 報道記者が「何か一言」と助六に言った。
 助六は「手前には、はなはだ迷惑な仕儀と相なったが、然れども、ここは一番、直心影流の真骨頂をお見せ仕る」と言った。

 横浜DeNAベイスターズは、21年目にして30勝一番乗りを決めたが、セ、パ 交流戦で苦杯をなめ、読売ジャイアンツに首位の座を奪われた。
 ここからのベイスターズは、前代未聞の快進撃を始めるのである。

 この日、ジャイアンツ戦に先発した山口は、毎回ランナーを背負い、制球が定まらない。そして2アウト1、3塁となったとき、4番、坂本勇人にホームランを許し3点を失った。その裏、石川、梶谷、ロペスの三連打が続き、森田源左衛門助六が初打席に立った。場外スタンドからは、ワーグナーの歌劇「ワルキューレの騎行」の曲が流れ、「森田ー、森田ー」の声援が沸き起こった。初球、杉内俊哉のカットボールを、カキーンという乾いた音を残し、打球は軽々とベイスターズ応援団の頭上を飛び、場外へと消えて行った。

a0144027_1425020.jpg 試合後、助六は「直心影流の極意を伝授する故、教わりたいものはロッカー室に集まるように」と言った。キャップテン筒香嘉智選手はじめ全員が集まった。
 「では伝授する」と助六は言った。
 皆の眼が輝いた。

 「まず丹田に気を治め、邪気を払うべし。欲を捨て無になられよ。さすれば好機は欲するところに自ずと訪れよう」と言ったが、
 「しかし、そこまでの境地に到達するには、かなりの年月がかかるによって、簡単な術を伝授する」
 「まず大きく息を吸って、」
 「おん さんまや さとばん」と言い、「これを三度繰り返すが好かろう」
 「では御一同、真言を唱えて下され」
 一同は、
 「おん さんまや さとばん」と三度真言を唱えた。
 「そうでござる」
 「打者は打席に立ったときに、投手はプレートに足を置いたときに、これを唱えなされ」と、助六は真言を伝授した。

 その日からベイスターズは勝ち続けた。
 投手は「おん さんまや さとばん」と言い、球を投げると余分な肩の力が抜け、捕手のミットが構えるところに吸い込まれていった。打者も「おん さんまや さとばん」と唱えると、ストライクゾーンの真ん中に球が吸い寄せられてきた。
 三割打者は少なく、みな五割打者、六割打者であった。助六は何と九割打者であった。
 奇跡が起こっ…

 「カット!」
 「はい、カット、カット」「撮り直し」と映画監督が言った。
 「誰だ、こんな脚本を書いたのは」と怒鳴った。
 「みな五割打者、六割打者であった。だと、」「そんな馬鹿な話があるか」とご立腹であった。
 「撮り直し」と監督が言った。

 「それでは本番行きまーす」
 「用意、スタート!」

 投手は「おん さんまや さとばん」と、三度深呼吸をして言い、球を投げると、捕手のミットが構えるところに吸い込まれていった。打者も「おん さんまや さとばん」とみたび唱えると、ストライクゾーンの真ん中に球が吸い寄せられてきた。多くの打者は三割、四割バッターとなり、投手陣の防御力は1点台に収まった。
  …

 それから早三か月余が過ぎた。
 助六は瞑想するや、元の時代に帰る時期が近づいていることを悟った。それを球団社長とラミレス一軍監督に告げた。「案ずることはない、拙者がおらなくとも、✕✕年ぶりの日本一は決まっておる」と言った。
 ラミレス監督は「せめてもう一試合、明日のクライマックスシリーズの第一戦に出てはもらえないだろうか」とお願いをした。助六は「相分かった」と応じた。
 このニュースは「ベイスターズの侍、いにしえの江戸に帰る」と全国に広がった。

a0144027_9225884.jpg 次の日、横浜球場は立錐の余地もないほどの観衆で埋め尽くされた。
初回、無事に読売を零封した横浜は、一番桑原、二番梶谷、三番ロペスを塁に出した。つづく四番筒香に押し出しの四球を与え、なおも続く満塁に登場したのは、森田源左衛門助六であった。球場にかけつけたファンは総立ちとなり、ワルキューレの騎行のテーマソングと共に、森田コールが球場に鳴り響いた。

 初球、ど真ん中に来た球を、助六は思いっ切りバットを振りぬきボールを芯で叩いた。打球はベイスターズファンの頭上を軽々と越え、場外へと消えて行った。
 三塁ベースを踏むと、助六は観衆に深々と頭を下げてお辞儀をした。それから花束を受け取ると、チームメイトからもみくちゃにされ、水の洗礼を受けた。
 ダッグアウトに入りラミレス監督に一言二言お礼を言うと、ロッカー室で私服に着替え、ひとり球場を後にした。

 助六は自室に戻ると着物に着替え、袴をはいた。球団からの報酬である金貨と、まゆゆから貰った教科書を懐にしまい、大小の刀を腰に差し正座をした。
 そして大日如来の印を組み、「おん あぼぎゃ べいろしゃのう まかぼだら まに はんどま じんばら はらばりたや うん」と七遍唱えた。すると直心影流、秘伝の身渡りの術により、助六の姿は部屋から消えた。

 助六は長兵衛長屋で目を覚ました。そこへ中野進左衛門と小栗藤堂が訪ねて来た。
 「いやあ、昨日(きのう)のお主の応じ技、見事であった」
 「今何と」
 「昨日の立ち回り、上意打ちでござる」
 「昨日の」
 助六は懐に入れた、まゆゆの教科書を着物の上から確かめ、「昨日か」と言った。
 「そうだ、他に何がある」と小栗藤堂が問うた。
 「厄払いだ」中野進左衛門が 昨日の残り酒を飲もうではないかと言い、風呂敷に包んできた酒のつまみの重箱を開けた。そして三人は残り酒、二樽を飲み干して酔いつぶれた。
  …


a0144027_17302938.jpg それから半月ほどしたときであろうか、
 「森田さま」
 「森田源左衛門さま」とおなごの声がした。はて、誰かなと思い、助六は戸を開けた。
 そこには美しいおなごが立っていた。

 「わたくしは幸(こう)というものでござります。あなた様にお会いするために参りました」
 「はて、なに用でござるのかな、ささ、むさい処ではあるが、ひとまずは奥へお上がりくだされ」と助六が言うと、おなごは草鞋(わらじ)を解き、畳の上で正座をし、両手をついて「わたくしをお嫁にもらって下さい」と言った。
 「はあ」
  …

 「わたくしは向坂伊右衛門の妹でござります」と言って、懐より封書を取り出して助六に渡した。助六は封書を開けると、血痕が付いた懐紙が出て来た。それは伊右衛門が割腹する直前に書かれた遺書であった。

 「お幸へ、伊右衛門」
 「我は、今わの際に真の友を得た。妹お幸よ、兄妹二人で育った兄者からの願いだ。一身を賭して我が身を助けてくれた、谷中 長兵衛長屋に住まいする、森田源左衛門助六殿に嫁がれよ」と書かれてあった。

 お幸は「もはや藩邸から出てまいりました。お嫁にしてはもらえぬとあれば、この場を借りて自害いたします」と、懐剣を抜き首筋を切ろうとした。
 「あ、待て待て、待て、待たれよ」と、助六は懐剣を握ったおなごの手を抑えた。
 「ふうっ」
 やれやれ
 兄妹二人 そろいも揃って、
 「何てこった」
  …

 それから なん時かが経った。「お幸どのといわれたな」
 ふむ… んー…

 「ではこの書物を読破し、諳(そら)んじてみなされ」と、まゆゆから貰った小学六年生の国語、社会、理科などの教科書と、副読本である教育勅語を見せた。

 「では旦那さま、幸を ここにおいて下さりますか」
 「今宵より、わたくしが あなた様のお世話をさせていただきます」とお幸は両手をついて頭を下げた。
 「幸は旦那さまの色に染まりとうござります」

 は…?
 今何と、
 「今何と言われた」
 うーん…
 それから またなん時かが経った。

 んーん…されどじゃなあ「ここの長屋で死なれても、わしも困るのでのう」と、血潮が飛び散った懐紙を封書に畳み、お幸に渡した。そして長屋の長兵衛のところに行き、布団一式を運んだ。
 長兵衛は「おや助六の旦那、お嫁さんを貰いなすったか」と聞いてきた。
 助六は「嫁ではない!」と言ったが、お幸は「嫁です」と応えた。
  …

 助六は金貨を両替商に持ち込み、「これは南蛮渡来の純金でござる」と言い、すったもんだの末、六十両の小判と交換した。そして古びた道場を見つけ買い取った。
 さっそく中野進左衛門と小栗藤堂を師範代とし、「直心影流、森田道場」との立て看板を掛けた。


a0144027_2245405.png お幸は教科書を読破していた。
 「旦那さま、この指南書には 未だ到来せぬ世の中のことが書かれてありますが、これは一体どういうことなのでしょう」
 「私が行ってきた三百数十年もの後の世でな、十二、三歳の子らが読む書物なのじゃ、さればじゃな、道場に寺子屋も合わせて作りたいのだが、どうだろう。商人の子でも百姓の子でも侍の子でも、分け隔てなく教える自信はあるか」と助六はお幸に尋ねた。
 「はい、ござります」

 「旦那様は、まだ来ぬ世に行かれたのですか」
 「そうじゃ、直心影流の秘技、身渡りの術で参ったのじゃが、美しい国であった。ここは日の本のため、将来の日本のために、ひとつ骨を折ってはくれぬか」
 「分かりました。まるで夢のようなお国ですこと、幸は嬉しゅうござります。幸は旦那様のお手伝いをさせてもらいます」とお幸が言った。「未来のことは教えてはならぬぞ、意味はわかるな」と助六は問い、「はい」とお幸が答えた。


 それからひと月、剣術道場よりも、お幸の寺子屋の方が繁盛していた。お幸はまず、読み書きそろばんの前に、まゆゆから授かった副読本である 教育勅語から教え始めた。子供らは一斉に復唱した。

 父母ニ孝ニ(親に孝養を尽くしましょう)兄弟ニ友ニ(兄弟・姉妹は仲良くしましょう)夫婦相和シ(夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
 朋友相信シ(友だちはお互いに信じ合いましょう)恭儉己レヲ持シ(自分の言動を慎みましょう)博愛衆ニ及ホシ(広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
 學ヲ修メ業ヲ習ヒ(勉学に励み職業を身につけましょう)以テ智能ヲ啓發シ(知識を養い才能を伸ばしましょう)德器ヲ成就シ(人格の向上に努めましょう)
 進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ(広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ(法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう)
 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

 幼い子らの瞳は輝いていた。
 この年、貞享三年(西暦1686年)に、森田源左衛門助六は、お幸との祝言を挙げた。

 「完」



 「カット!」「はい、お疲れー、ご苦労さん」と監督が言った。
 「今回の撮影の出来は」と著名な監督に記者が聞いた。「それがだなあ、さっぱり分からんのだ」
 さあみんな、これから 打ち上げパーティだぞ、と監督が言った。


 「了」



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a0144027_2093372.jpg 「あ、」
 「あいたた」
 「いかん もうだめだ」
 「腰が痛い」
 「これからどうしよう」


 これからどうする…そう思いながら、石田幸作は汚れた作業着のまま、伊勢佐木長者町駅を降り、横浜市中区寿町のドヤ街までたどり着いた。
 さっそく安全靴を脱ぎ、部屋に入ろうとしたとき悲劇が襲った。
 矢折れ力尽きたのか、昼間の作業がきつかったのか、脱水症状なのか、ふらふらっとよろけて そのまま仰向けにバタンと倒れ、腰と背中を嫌と言うほど冷たいコンクリートの床に打ち付けられた。咄嗟に頭をかばったが、激痛が腰と背中に走った。その倒れた時のドスンという音は館内に響き渡った。
 「あ、」
 「あかん」
 体が動かん。

 それから、およそ三十分ほど経過したときであろうか。コンクリートの床の上で、やっと寝返りを打ち、腹這いになりながらもドアの取っ手まで手を伸ばした。
 ドアノブに支えられながらも部屋に入った幸作は、そのまま崩れるように仰向けに横たわった。







 ここは松影町三丁目にある大信荘という簡易宿泊所である。重量ブロックで作られた、寿町、松影町の中でも最も古い四階建てのそのビルは、手作りのトタン屋根の屋上屋を建てており実質五階建てともいえる。
 一泊千八百円でテレビと寝具だけの、三畳間の四階三号室に幸作は住んでいた。床は腐っており、畳の下からはネズミの泣き声が聞こえてくる。

 「あれからどれぐらい経ったのか」と、幸作は指折り数えた。
 「六日かあ」
 「六日も飲まず食わず、それに一睡もせずにかあ」

 腰が痛いので眠れない。トイレの場所は近いのだが、そこまではたどり着けない。それでバケツに用を足した。この時ほどヘルパーさんがいてくれたら、と幸作は思った。
 食欲はとうになくなっていた。煙草は1カートン買っておいたので、仙人ではないが煙草を霞代わりに吸った。相変わらず腰が痛いので起きれない。

 「どうしよう」
 「このまま死ぬのか」
 「意外と餓死は楽かもしれないな」そう幸作は実感した。薄れゆく意識の中で、
 「そうか」
 「あれがあったな」と、
 幸作は 何かの本で読んだことがある、守護霊の話を思い出した。それによると、人には必ず守護霊がついていると書かれてあった。その日から一心不乱で守護霊に呼びかけ始めた。

a0144027_10581894.jpg 「守護霊さん助けて下さい」
 「お願いです。これが最初で最後のお願いです」
 「守護霊さんどうか助けて下さい」
 「たった一度だけでいいのです」「誰かを呼んで下さい」

 その日から仰向けになったまま、手を合わせて拝み続けた。七日目になり、八日目になり、九日目になっても何の反応もない。
 「守護霊さまー」
 その声は、悲しくも、虚しく部屋の中に響いた。

 そして十日目にして初めて睡魔が訪れた。その夢の中で、黄金色に輝く大きな球体が現れた。
 「わしじゃ」
 「えっ」
 球体は人型になってその姿を現した。
 「わしじゃ、閻魔大王じゃ」
 「ええっ、」
 「お主に詫びねばならんことがある」
 「はあ」
 「どこをどう探しても、お前の守護霊は見つからなかった。つまり、お前には最初から守護霊がいなかったということじゃ」
 「えー、そんな」

 「これは霊界始まって以来の珍事でな、お釈迦様も大そう驚かれて、それでわしにお鉢が回ってきて、 わしが代表として詫びに参ったのじゃ」
 「はあ」
 「何事も思い通りにはいかず、さぞや辛かったであろう」
 「その時、その時々においてじゃな、誰からも、適切なアドバイスを受けたことがなかったであろうが。自分よりはるかに劣っている者たちが人生を謳歌しているのにな。嫁ももらえず、独り身でよう頑張った。さぞや日雇いの土工は辛かったであろう」
 幸作の眼から涙が光った。

 「よし、わしに任せろ、お主の守護霊にはわしがなる」
 「はあ、しかし このままでも構いません」「人より半分にも満たない喜びしか知りませんが、想像するぐらいは出来ますから」
 「なに想像だと、それでは切なかろう」「わしがお主の想像とやらを叶えてやろう」
 「でも、腰が痛くて立てません」
 「腰か、」
 「そうであったのう」
 「腰は明日の朝までには、わしが治してやる」

a0144027_2142357.jpg そして閻魔大王は、透明な球体を少し小さくし「あ、」と驚いた幸作の口の中に投げ込まれた。
 「あー、」
 幸作はそれを飲み込んでしまった。

 「それはわしの孫じゃ、明日からお主の道案内をさせる。名は小太郎と申す」
 「少しやんちゃ坊主だが、許せ」
 「あ、はい」

 翌朝、久しぶりにぐっすりと寝た幸作は、体が軽いと感じた。そこで起き上がると、まるでバネ仕掛けの人形のようにふわりと立ち上がった。
 さっそくコインシャワーに入り髭を剃ったが、体を洗う体力がない。それで湯が止まるまでシャワーを浴び続けた。

 寿町には友宛という雑貨も売る惣菜屋があった。そこでアイスクリームとフルーツの盛り合わせ、それにお粥を買った。人は十日も絶食すると、何故だか無性にアイスを食べたくなる。これは経験した者にしか分からない。ついでフルーツとお粥も咀嚼して飲み込んだが喉が痛くなった。十日も絶食すると、たとえお粥であっても、異物を飲み込んだかのように喉が痛くなる。

 食べ終わり一服煙草を吸ったとき、煙とともに透明な球体が口から出て来た。それは目の前で大きくなりバスケットボール大になった。
 「おいらは小太郎だ」そう煙草の煙にむせびながら、透明な球体が言った。
 「いいから ついてきて来りょう」と言った。

 「ああ、そういえば昨日の夢に出てこられた、閻魔さまのお孫さんですか」と幸作は聞いた。
 「そうずら」と小太郎は応えた。
 「よかか、おいらについて来りょう」と、小太郎は言った。
 「でも、あなたの御姿は、他の人に見られたら大騒ぎになりますが」
 「案ずることはなか、おいらの姿はお主にしか見えんとばい」
 「はあ、」

 何とも、幾つもの方言を使われるものだと呆れながら、幸作はうなずいた。それで横浜市南区浦舟町と、真金町にまたがる横浜橋商店街までついて行った。その日は、いつになく商店街がにぎわっていた。

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 「今だ!後ろを振り返れ」と小太郎が言った。それで幸作は振り向いた。そうしたら、後ろを歩いているご婦人の唇と、幸作のくちびるとが合わさった。甘い至福の0.3秒の一瞬であった。
 「あ、ごめんなさい、これは事故です」と幸作は詫びた。そのご婦人は憮然として立ち去った。「おのれ小太郎めが、人を茶化しおって」と思ったのだが、あの甘美な唇の感触の余韻に浸る幸作であった。

 小太郎は「ここだ、着いたぞなもし」と言った。そこは商店街の中ほどにある宝くじ売場であった。小太郎は連番を買えと勧めた。そこで幸作は連番十枚を三千円出して買った。
 「これ当たるのか」と、幸作は小太郎に聞いた。
 「分からん、おいらには宝くじを当てる力がないぞな」
 「えー、」
 「でも買わんと当たらん」
 「えー、そんな」
 幸作は財布を見ながら溜め息をついた。財布の中には千円札一枚しかなかった。
 「ああ、また明日からケタ落ちの飯場暮らしかあ」と幸作はつぶやいた。
 小太郎は「土方なんぞ止めろ」「今度また腰を痛めたら、それこそ車いすだぞ」と言った。
 「でも食べては行けん」
 「おいらに任せろ」と小太郎は言い、「ついて来りょう」と言った。

a0144027_21175379.jpg そこは寿町に隣接した扇町の、ボートピア横浜という場外舟券売り場であった。入り口を入ると、プレートに濱野谷憲吾と書かれているモーターボートが飾られている。エスカレーターで二階に上がると大勢の人がいて、何十台ものモニターに、各地のオッズと競走場の映像が流れている。三階も同じであった。四階は優待席となっている。

 小太郎に導かれて幸作は二階の舟券売場に入った。小太郎は平和島競走場の出走表を取れと言い、「9Rを見りょう」と言った。それで幸作はエレベーターの脇に置いてある、平和島競走場の出走表を取った。

 「なるほど、9レースは鉄板だな」と幸作は思った。
 1号艇はA1選手で、7.65の勝率を誇る不動の本命選手だ。格が違う。2号艇も勝率は7.01のA1選手で、後はB1選手とB2選手たちであった。特に4号艇、6号艇にあっては、やっと3割台をキープしている選手で、とても勝ち目があるとは思えない。
 幸作は当然「1-2」を買うのだと思っていた。小太郎は「6-4-5の三連単を買うべし」と言い、「ええっ、」と幸作は驚いた。
 そこで幸作はなけなしの千円札で6-4-5の三連単を買った。
 「これ本当に当たるのか」と小太郎に聞いた。小太郎は不敵の笑みを浮かべ「ふっふっふ」と笑った。

 ファンファーレが鳴り響き、6艇が待機行動に移った。内3艇がインコースに、3艇が枠番どおりに外枠にボートを引いた。そして12秒針が回り、外枠3艇のエンジンが一斉に噴いた。やや遅れて内枠3艇も動いた。スリット前では6号艇が頭一つ抜き出たようにも見えた。
 だが1号艇は試合巧者だ、難なく1マークを先マイして先頭に躍り出た。2号艇も差しハンドルでその後に続いた。6号艇は最内を狙って捲り差しを狙ったが、1、2号艇には遠く及ばず水をあけられた。
 「おのれ小太郎めが、一度ならず二度までも人を茶化しおって」と幸作は思ったが、「いいから見ちょれ」と小太郎が言った。

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 独走態勢の1号艇は、3周1マークを回るとき、腰を浮かせて立ち上がり、しなくても良い華麗なモンキーターンを自信満々に披露して見せた。だがそのせいで重心が高くなり、おりからの強い向かい風で船首が持ち上がり、仰向けに転覆してしまった。そこに2号艇が衝突し、右回りにぐるぐるぐるぐると回ってエンストした。その事故艇を避けるように外側を走った6号艇、4号艇、5号艇がゴールインした。

 「おお、さすがに小太郎どん」見事に的中させたなと幸作は思った。場内のモニターには、991.7倍との高額なオッズが示された。
 「おおっ」と場内がどよめいた。
 そうすると「991.700円かあ」と幸作も驚いた。それから高額配当金を支払う別室に案内されて、紙袋にお札を入れてもらった。

 小太郎は「何か美味いもんでも食っちゃれ」と言った。それで幸作は横浜中華街にある高級飯店に行った。メニューには、フカヒレやら回鍋肉、北京ダックなど、今まで食べたことのないものばかりであった。食べ方が分からないので、チャーハンと焼き餃子を注文した。


a0144027_2144388.jpg 幸作は「美味いうまい」と食べたが、小太郎はそれを見て悲しくなった。「飯場の飯しか食ったことがなかったもんな、よし、家が買えるまで付き合ってやるか」と小太郎は思った。

 次の日から連日ボートピア横浜に通い、土日は野毛の場外馬券売場に通った。狙うのはみな高額配当のレース、万馬券であった。馬券は人の少ない月曜日に払い戻しに行った。中央競馬JRAは全国規模であるため、多少大目に買ってもオッズに影響はない。それで数十万単位で馬券を購入した。

 僅かひと月も満たないうちに、八億もの大金を幸作は手に入れた。そして「おいらの役目はここまでだ。後は小説を書いて暮らすのもよし、漫画を描くのもよし、温泉旅行に行くのもよし、自由自在だ」と小太郎は言って、去って行った。

 「わしじゃ」
 「えっ」
 「わしじゃ、閻魔じゃ」
 「閻魔大王さま」
 「そうじゃ」
 「お主にいい知らせがある」
 「はい」
 「お主の嫁もお主を探しておった」
 「はあ」
 「話せば長くなるが、お主のへその下にあざがあるであろう」
 「はい」
 「それはお主が無実の罪で切腹させられた証しじゃ」

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 「お幸(こう)どの、つまりお主の女房どのじゃ、お主の後を追い、自害された。そのお幸どのにも首筋にあざがある」

 「それはいつの時代でしょうか」
 「江戸じゃ、八代将軍の時じゃ。お主は源左衛門と名乗っておった。更にさかのぼるとな、平安時代になるであろうか、お主は藤原の兼通という正三位大納言、右近衛大将のお公家さまで、お主らは終生いい夫婦(みょうと)であったのじゃ」
 「はあ」

 「お主が勝手に下生したので、お幸どのも慌てて下生された」
 「あ、はい」
 「後で調べたのじゃが、苦界に生きんがため、守護は一切要らぬと、お主は自ら好んで下生したと聞く。見上げた心意気ではある」
 「そうでしたか」
 「余人には分からぬいい経験をしたであろう」
 「はい」

 「人は己の魂の糧となるよう、一度は苦界に沈まねばならぬ。美しい蓮の花を咲かせるためにな。そのためには守護霊がおっては情けが生じるでのう。中々苦界には沈まんのじゃ」
 「はあ」
 「お幸どのとは何れ会わせるが、わが孫、小太郎が作った小金があるであろう。それでまず衣服を整え、家を買うがよかろう」そう言って閻魔大王は消えて行かれた。

 幸作は、何と、そういうことであったのか。思えば幼少の頃よりこの身が意のままにならず、いつもいつも悪い方向に傾き、流されてきたのにも合点がいった。この世では、守護という浮力がなければ下に沈む、守護があれば中々沈まん、守護霊の出来不出来によって浮き沈みが変わる、この理が分かった。

 さっそく伊勢佐木町のユニクロで衣類一式を買い揃え、家を探しを始めた。そして関内駅前にある新築のマンションの一室と、スバルのインプレッサを購入した。
 マンションの隣りのビルの地下一階には、マロンというスナックバーがあった。薄暗い店内は落ち着いた色調に彩られ、天井にある小さなスポットライトがカウンターを照らしている。

a0144027_21233711.jpg 幸作は、ちょうど横浜ベイスターズの応援団と入れ替わるように、そのスナックバーに立ち寄り、カウンターの椅子に腰を下ろした。
 その時であった。

 誰かがポンポンと幸作の肩を叩いた。振り返るとそこには小太郎が立っていた。
 「おお、小太郎どの」と言い、椅子から立ち上がったのだが、
 次の瞬間、
 美しい女性と目と目が合い、くぎ付けとなった。
 何故だか知らぬが懐かしい思いがこみ上げ、涙が出て来た。
 「お、お幸か」
 「源左衛門さまー」と女性は言い、幸作に抱きついてきた。
 見れば左の首筋に刀で切ったようなあざがあった。

 「苦労かけたな」
 「あなた様こそ、ご苦労様でした」
 「さあ、立ち話もなんだから」と言って、小太郎はボックス席に座るように二人に勧めた。
 「さておいらの役目はここまでだ」と小太郎は言って、幸作に「宝くじは当てておいたぞ」と耳打ちし、「祝儀だ、受け取ってくれ」と小太郎は言った。そして階段の途中で球体となって消えて行った。

 幸作はお幸に、どうして自分が源左衛門と分かったのかと尋ねた。
 「閻魔大王さまから、いろいろと教わりました」
 「やっぱり」と幸作は思った。
 「今のお名前は幸作さんでしょう」
 「そう、お幸さんの今の名前は」
 「幸子です」
 「幸子さんかあ、で今のお仕事は」

a0144027_135444100.jpg 「あなたに会うためにCAを辞めてきました」
 「それはどこの」
 「ANAです」「もう離れたくはありません。あなたのおそばにおいて下さい」
 幸作は涙が出て来た。幸子も泣いていた。

 次の日、幸子は荷造りを終えていたのか、幸作の部屋に引っ越ししてきた。そして一通り片づけが終わると近くのスーパーに買出しに行った。
 幸作は所帯を持つということが、こんなにも嬉しいものなのかとつくづく思った。

 「どうじゃ、好かろうが」
 「えっ」
 「わしじゃ、閻魔じゃ」と大王は姿を現した。
 「閻魔さま」
 「人はこの世を苦界と呼ぶが、そうでもないのじゃ」「己の心が清純なれば、そこが極楽浄土となりて、大調和を生み、それが大和心ともなり、その者は幸せに生きられるのじゃ」と仰り、
 「用があれば なんどきでもわしを呼べ。では、つつがなく暮らせよ」と言って消えて行かれた。

 幸子が帰ってくると鍋を作り始めた。包丁で野菜を切る、まな板の音が心地よかった。もう何百年ぶりだろうか、二人で鍋をつついて食べた。
 鍋を食べ終わると、幸作は二つの重たい紙袋をテーブルの上に置いた。
 「それは」と幸子が聞いた。
 「二億円だ」
 「まあ」
 「小太郎さんが当ててくれた、宝くじの賞金だよ」
 「何に使うの」
 「まだ決めていない。いずれ世のため人のために使おうと思ってる」「それに人の為に尽くすと言う事、人の為に生きると言うこと、義に生きること、これこそが本来の日本人の心なんだと思うんだ」
 「そうね、そんなに焦ることではないわよね」と幸子は言った。

 「そうだ、明日(あした)称名寺に行ってみない」
 「称名寺って」
 「金沢文庫にあるお寺だよ。とっても綺麗なんだ」
 「いいわ」

 小雨降る中、インプレッサが走った。称名寺の山門の脇道から入ると、青葉若葉の桜並木の参道の中をゆっくりと走り、仁王門の前まで来ると車を停めた。それから称名寺の庭園に入ると、幸作と幸子は、仁王門の裏の段差に腰を下ろし雨宿りをした。 まだ五月雨が降っている。雨のおかげで人っ子ひとりいない。その静寂の中、二人は美しい庭園を独り占めにしていた。


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 雨が上がった。 本堂の裏山から少し雲間が開け、青空が見え始めた。そして二個の大きな球体が本堂の上に現れた。閻魔大王と小太郎だった。
 幸作と幸子の二人は、「閻魔さまー、小太郎さまー」
 「ありがとうー」「ありがとうなー」と大声で叫び、いつまでもいつまでも手を振り続けていた。


 「了」


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055.gif 白神の夜2 未来からの訪問者 天草島原の乱1-2 昭生と朱美 神曲ep.1  二人の酔っぱらいep.1 洞窟での出来事 野良猫との再会 覚永和尚  みどりと信夫の大当たり  仙人候補生と姉弟 二人の酔っぱらい1-2 神曲 第一部1-56 神曲 第二部57-78 亜衣姫と羅夢王1-7


               (1)
 ここは、東北の秘境である 白神山中のブナが生い茂った森の中である。
 辺りの木々もようやく色づき始めている。遠くではクマゲラが鳴いていた。眼下には、朝霧が立ち込め、目の前には天狗岳が連なっている。

 「ここかあ」

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 藪中智明は、やおら携帯用のスコップを取り出すと、穴を掘り始めた。
 涼風が頬を伝わった。
 すぐに、ブナの根っこに行く手を阻まれた。そこで、折りたたみ式のこぎりで、ブナの根を切り、およそ二、五メートルほど掘り進んだ。
 穴の周りには網(あみ)を敷き、腐葉土を盛り上げ、小枝十数本と網の端の紐(ひも)を垂らし、やや太めの節をぬいた竹の筒を持って穴の中に入り、空気抗とし、頭上に小枝で天井を作った。
 そして一気に紐(ひも)を引きぬいた。
 腐葉土は見事穴を塞いだ。

 そのうちに、ブナの落ち葉が辺り一面を覆い隠すだろう、そしてその腐葉土の中には、山桜の苗木も入れてあった。時が経つと自分の上に美しい山桜の花が咲くだろうと、藪中智明は思っていた。

 暗闇の中でリュックサックから懐中電灯を取り出して灯し、まるで潜望鏡のように竹筒を地表に出した。そしてニリットルの焼酎を出し、沢で汲んで来た冷水をコップに入れ、ひとり焼酎割りを飲み始めた。
 それからポケットに手を入れ、ベレッタ・モデル51を取り出して眺めた。口径9ミリ、ショート・リコイル式半自動、8発入り箱型弾倉。思えばどれだけ人を殺してきたのか、悪党とはいえ人は人である。藪中智明は、懐中電灯の明かりの中で、焼酎割りを一杯、二杯と飲みながら回想を始めた。


               (2)
 ここは横浜市中区寿町のドヤ街の、幸福荘新館618号室、藪中の部屋である。智明は、元神奈川県警、長者町署で刑事の仕事をしていた。
 そこで児玉義巳という政財界に顔が利く大物の身辺調査をし、寿町地区に居住している外国人女性の人身売買の実態を把握しようとしていたが、上司の命令で事件をもみ消され、
 「ばか野郎、それが警察のする事か。なんと圧力に屈しちゃったのか」と呆れ果て、「史上最低の所轄だな」と、書類を叩きつけて辞職し、幸福荘新館に来たのである。

 そこで隣室の後藤昭生 元一等空尉と、畑中剛 元アフガニスタン帰還兵と出会った。毎日顔を合わせていた三人は、互いの気心が知れ、毎晩 伊勢崎町の安楽亭で飲み明かした。畑中の、ビンラディン追跡の話しは興味深かった。始めからCIAは彼の居場所を知っていたのに、石油欲しさから、アメリカのイラク攻撃の道具として使われた。「9・11のビル崩壊も、上手く利用したものだ」と畑中は言い、
 「全ては茶番だった」と言った。
 「この世は利権で成り立っとる。くわっ、情けないぞ」と智明は言った。

 寿町という所は、日本三大の日雇人が集まる無法地帯である。競輪、競馬、競艇のノミ屋が 白昼堂々軒を連ねている。
 神奈川県警、長者町署と加賀扇町署は見てみない振りをして、数年に一度、おざなりの取締りをしている。また四課の刑事が、そこの暴力団に天下って、内部情報を流している。
 「今度は、お前の組だからな、分っているな」と袖の下を促す。そのお金が長者町署と、加賀扇町署の内部情報提供者の懐を潤おし、同僚の飲食費ともなっていた。

 藪中智明は、千葉の木更津にある日本鋼管で荷積の仕事を行っていた時、外国船の船員からベレッタを買ってくれとせがまれた。そこで さほどの金額ではなかったので弾を一箱分合わせて買った。驚いたのは、後藤元一等空尉もコルトを、畑中剛元帰還兵もトカレフを持っていたことだった。三人は焼酎割りを飲みながら、もう人に使われるのは懲りごりだと言った。そこで人助けをして、食い扶ちを探そうと言うことになり、「何かないかな」と智恵を絞り、藪中はダンボールの切れ端に「刃物研ぎます」と書いた。


               (3)
 寒風吹きすさむ中、そのダンボールが電柱にくくられ、風に泳いでいる。
 「刃物研ぎます」と書かれた下には小さな字で「よろずもめごと相談に応じます」と、携帯の番号と共に書かれていた。藪中は急いで東橋の金具屋に砥石を買いに走った。主たる目的は刃物研ぎではないのだが、これは目くらましであった。

 このところ寿町には、韓国人の経営する居酒屋が急増していた。それで韓国人の叔母ちゃんが、智明の部屋に包丁を持ってよく来るようになった。智明は、三畳の部屋に新聞紙を敷き、研いでやった。手に余る刃物は、後藤と畑中に任せた。少しは飲み代にもなった。だが、あのダンボールの看板は真意が伝わらず、未だ風に泳いでいた。
 そしてその日はやって来た。

a0144027_1116832.jpg それは眼も麗しき美形の、めぐという居酒屋の女将であった。
 事件のことは藪中も知っていた。めぐの居酒屋にダンプカーが突っ込み、ホステス二名と客ひとりが下敷きになって死んだ。居酒屋の女将 めぐは犯人を知っていると言った。それは寿児童公園の向かいの、ノミ屋の書き手らしい。

 「ねえ、お兄さん、恨みを晴らしてくれない。私悲しくて、ここに当座の五百万を用意して来ました」と藪中に言った。よほど悔しかったのだろうと藪中は思った。
 「まだ若いのに、どうしてこんなに、お金を沢山持っているのですか、店の修理代も、御遺族への見舞い金も懸りましたでしょうに」と藪中が聞くと、「私の家は、済州島で呉服屋を営んでいますから、家から借りてきましたの」と言った。そして人相風体をこと細かく話した。


               (4)
 寿町、松影町、扇町、長者町一丁目には、大勢の日雇人夫がいて、その日の稼ぎを競輪、競馬、競艇、それにプロ野球の賭博に注ぎ込んでいる。そのお陰でノミ屋は二十軒を優に超え、数多くの暴力団の資金源となっていた。警察は何もしない。みすぼらしい人達が、横浜の、華々しい観光地である街に、日雇い人夫が繰出すのを、極力止めているのだ。だから大抵の揉め事には関心がないし、そのまま放置している。ここは全くの無法地帯だった。

 藪中は、後藤と畑中を自室に呼んだ。
 「その書き屋、殺人犯ではないか。殺したろうか」と畑中が言った。「いや待てまて、俺に好い考えがある」と後藤。「あれ程の事をした奴だ、まだまだ余罪が在るに決っている。全部吐かせてからでも遅くはないだろう」と言った。
 「石川町の土手に、電車のトンネルの入り口があるよな、あそこに手足を縛って、線路に寝かせるってのはどうだ」


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 「ははあ、電車と追突直前、紐を付けて引っ張り出すって寸法か」と藪中が言った。「昼間はだめだから終電だろうな、そのあと貨物列車も通るから」「それなら トンネルの出口がいいな。さすがにJRの駅前ではまずいぞ」「頭と足に、ロープで引っ張っておいて、どちらかが引きずり出そう」と畑中が言って、「レールで頭蓋骨が割れるかもな」と藪中が言った。

 藪中達は客のふりをしてノミ屋に入った。その書き屋は濁った眼をしていて、領収書に競輪の最終レースの出目と購入金額を書きなぐっていた。三人はすぐ前の、ごみだらけの児童公園の立ち木の陰で待つことにした。暗闇が迫ったとき奴が一人で出てきた。

 畑中と藪中が前に立ち行く手を塞ぎ、途止めは後藤の後頭部への銃把の一撃で終った。そして気を失った書き屋を畑中が背負い、土手を登りトンネルのレール近くまで運んだ。 まだ気を失っている書き屋を、藪中はベレッタで方膝をぶち抜いた。やっと気を取り戻した書き屋の手を縛り、首と足にロープを絞め、片方は後藤が片方は畑中が持ち、レールの上に寝かせた。
 そして下りの最終電車の車輪が、トンネルの向こうから書き屋の頭と足に触れる寸前、畑中が足にかけた綱を一気に引き寄せた。

 間一髪であった。
 後頭部を枕木とレールに嫌と言うほど引き叩かれ、書き屋はちびり、話し捲くった。
 「俺は使いっ走りで、本当は児玉会長の息子が めぐの女将に惚れこんだせいで、袖にされた腹いせなんだ。それで組長が怒って、ダンプで突っ込めと言われたんだ」

 「何の組長か」「3年B組の組長か」と藪中は問うた。
 「そんなばかな」と書き屋はへらず口をたたいた。
 「会長と組長は、タイから連れてきた女を人身売買している。まだ子供なのに風俗店に働かせ、うんと嘘の借金をこさえてな」と書き屋は喋った。その話しは藪中が知っていた。上司から目こぼしするように言われ、藪中の逆鱗に触れ、退官したのだった。

 「その組長は今何処にいる、親分の名前は、屋敷は何処だ」と聞いた。屋敷は北方館で、親分の名前は北方四郎といい、そこは寿町のマンションの最上階にあると言った。
 「組員の数は」「ええっ」
 「この野郎しらばっくれやがって」とまた線路に敷いた。そこへ最終の貨物列車がきた。畑中は今度は後藤が綱を引くものだと思って傍観していた。後藤も同じことを思っていた。それで、書き屋は上りの貨物列車に轢かれ、細切れになってしまった。


               (5)
 翌朝、藪中は居酒屋めぐの処に行った。
 めぐは奥から出てきた。イタリア製のスーツを着て、膝頭までの黒いスカートを履いた姿は本当に美しかった。そして昨晩仇を討ったことを告げた。でも本当の仇は右翼の会長の息子なのだと告げ、まだ仕事は残っていると言った。「お金は」とめぐは言ったが、「心配はするな、これからしこたま奪ってやる」と言って幸福荘新館に戻って行った。

 そこで後藤 元一等空尉と、アフガニスタン帰還兵 畑中剛と、今後の作戦を練った。そこへ韓国人の叔母ちゃんが、今度は包丁を持たずに訪ねてきた。まだ「刃物研ぎます」のダンボールの切れ端に書いた看板が電柱に踊っている。やっと真意が伝わり始めた様である。


a0144027_871891.jpg 叔母ちゃんの話しでは、店の前に何台ものベンツを乗りつけ、派手に騒ぎまくり、拳銃を振りかざし、それはもうおっかなくて、お金もまともには払わないという。
 「まあ、へたくそなカラオケでねえ」と言い、当然土方の人の来店も減り、警察に言っても埒があかないと嘆いた。どうやらあのノミ屋とは違う組らしい。「いよいよ出番が回ってきたな」と藪中は思った。
 そして叔母ちゃんは「あの組の奴等を潰してくれないかなあ。お願いしますよ、お兄ちゃん。頼りにしとるんよ」と八百万円を置いて帰ってしまった。

 「うひゃあ、八百万円か」
 「爪の先で灯して貯めたお金なのに、何と豪気なばあちゃんか」と畑中は驚いた。
 「じゃあ、俺のTNTであのベンツを爆破してやろう」と畑中は言った。
 藪中は、「まてよ畑中、前の親分、北方四郎のマンションの事も有るから、寿町の組ごと爆破してやろうじゃないか」

 「ノミ屋もか」「ノミ屋もだ」
 「二、三十も有るぞ」「ああ」
 「組もか」「ああ組もだ」
 「TNTが足らんぞ」「何とか調達は出来んのか」

 「うーん、傭兵仲間に聞いてみるか」と畑中は言った。
 「俺も手製の爆弾を作る」と後藤が言った。「空自でも教えているのか」と畑中が聞いたが、「いや、陸上のレインジャー部隊に仲間がいる、今度紹介しよう」と言った。

 「俺も500ポンド爆弾をばらして隠しているからな」「何だそれは、空対艦ミサイルじゃないですか」と畑中は驚いた。
 「取りあえず今の戦力で何とかしよう、今晩マンションに突入する」「相手を人間とは思うなよ、ダースベイダーだと思え」

 「ダ、ダースベイダーってか」
 「構わずに撃ち殺せ、良いな」と藪中は言った。「どうせ更正はしない。何回も刑務所を出たり入ったりしている連中だ、そんな奴等に税金を食わせるな」 そして「誰か消音装置を持っているか」と聞いたが、誰も持ち合わせてはいないと答えた。
 「まあ良い、ここは無法地帯だ、ドンパチやっても誰も通報はしないだろう」と藪中は思い、言った。

 藪中は、CDプレーヤを取りだし、畑中と後藤と何度も何度も、シューベルトの「アヴェ・マリア」D839の曲を繰り返し聴いた。これが出陣の前の仕来りにしたのであった。







               (6)
 そのマンションの最上階には、親分と子分共が居住していた。玄関を入ると屈強な男が出てきた。身だしなみにはかなり気を使っているらしい、黒のスーツ姿に白いシャツを着て、ネクタイを締めたプロレスラーのような男だ。そいつがひと睨みした。
 「あほらし」
 藪中は何のためらいもなく眉間を撃ち抜いた。

 更にエレベータで最上階に上がると、後藤は右の非常口の陰に、藪中と畑中は親分の部屋のノブにそっと手をかけた。

 扉が開いた。
 何と無用心な男か。
 畑中の手にはトカレフTT33、口径七、六二ミリ、タイプP、が握られていた。

a0144027_1695554.jpg

 親分の北方四郎は、風呂上がりで、バスタオルを肩に被いテレビを見ていた。躊躇なく畑中はトカレフの銃把で後頭部に一撃を喰らわせた。そして両手足を縛り、家宅捜査を行なった。金庫の開け方は、警察で一応は教わっている。

 すると出るは出るは、何処から集めて来たのか、マカロフPMからニュー・ナンブM60まで、口径9ミリと11・4ミリの弾の入った箱と、狙撃用のライフルが出てきた。

 畑中はリュックに詰めた。残りの札束も入れた。そして児玉義巳の居場所を聞いた。その右翼の会長は、自宅には余り戻らず、息子の田園調布にある家に泊まっているそうだ。 おおよその見当がついた。そして親分の北方四郎が暴れて大声を出したので、顔にクッションをあて、銃口の引き金を引いた。
 ただならぬ気配に気付き、上下黒のスーツ姿の男達が隣室から出てきた。そこを狙って、後藤がコルトM1911A1で胸板を貫いた。

 藪中達は、一戸一戸ドアをぶち抜き、蹴破り、全員を殺しまくった。そしてノートパソコンを開くと、タイ人少女の人身売買をした先や、タイ人ブローカーの名前入りの顔写真が出てきた。後で警察が調べやすいように、そのままにしておいた。もう長居は無用だ。遠くからサイレンの音がしてきた。


               (7)
a0144027_6553585.jpg 後藤 元一等空尉の所にレインジャー部隊の酒井一尉が訪ねてきた。そしておもむろに取り出したのは二個の対戦車用地雷と、多数の電子タイマーと信管だった。これで四十八個分の爆弾が作れる。後藤は応分の謝礼を払った。

 「これがばれたら、俺は刑務所行きだ」と酒井は笑った。
 「お前もばかだな、依りによって500ポンドミサイルを、F‐2のパイロンの誤作動だとか言って、森の中にわざと落とすなんて、結局、退官に追い込まれたじゃないか。後で拾いに行ったのか」
 「ああ」
 「だと思っていたよ。気を付けた方が良いぞ、寿町には何台もの隠しカメラが備え付けられているそうじゃないか」と心配をしてくれた。
 「分ったわかった、俺はいつ死んでも好い、久し振りだ一杯飲みに行こうか」と居酒屋めぐの女将の処へ飲みに行った。めぐは奥から眼をきらきらして出てきた。
 かわいかった。
 もうそれで十分だった。

 後藤は航空自衛隊に入る前、陸上自衛隊で訓練も受けていた。酒井はその時からの友人だった。畑中の所に、元傭兵仲間の土橋隆一が、TNT火薬とプラスチック爆弾を持ってやって来た。アフガニスタンで共に戦った仲間で、同じ釜の飯を食った戦友だった。

 「俺もいつ死んでも好い、仲間に加えてくれ」と土橋が言った。
 「気持ちはありがたいが、俺はもう十人は殺している。まだ後五十人は殺すつもりだ。よし、叔母ちゃんちの友楽苑で飲もう」と言い、北方四郎から奪った札束を「謝礼だ、受け取ってくれ」と土橋に渡した。

 畑中と土橋は、友楽苑の前に止まっている、五、六台のベンツの側を避けながら店内に入った。畑中は土橋に、「あのベンツを今晩吹き飛ばしてやる、面白いから一晩泊まっていかないか」と言った。「面白そうだな」と土橋が言い、「何だあのばか野郎、偉そうにふんぞり返って」と言った。「でもそれも今日限りなんだよ」と畑中は黒スーツを見て笑った。
 土橋は、「おい、ちょっとここに居てくれないか」と言い外に飛び出して行った。そして五、六分ほどしてからニヤニヤしながら戻ってきた。
 それから耳を劈く大爆発音がして、ベンツは原形を留めぬほどパックリとやねが吹き飛び横転して破壊されていた。

 「おい、早くずらかった方が好いぞ」と二人は何事も無かったように表に出て、またそのベンツの変わりようにたまげた。土橋は「少しプラスチックの量を間違えたかな」と頭をかいた。そのベンツの親分は金木辰巳という。昔、だんびらの金と異名を取り、関西の広域暴力団と繋がっていた。





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                        (注) この物語は あくまでフィクションです。
                        登場する人物、団体、組織等は存在しません。









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               (8)
a0144027_2251890.jpg 幸福荘新館617号室の、後藤 元一等空尉は、地雷の信管を抜き四十八個分の小型爆弾を製造中だ。それに時限装置を付け、今宵、各ノミ屋のスカパーのチューナー、テレビ、それに賭博場を爆破炎上させるのである。

 これには陸自の酒井一尉も手を貸すという。同時刻 だんびらの金の所には、藪中と畑中、ついで土橋が突入する計画がもたれた。タイ人の少女を食い物にしていた、北方四郎から奪った、豊富な銃砲が役に立つ時が迫ってきていた。

 聞けば暴利な金貸しをやり土工を虐め尽し、悪徳中国人とも結託、強殺もし、覚醒剤を北の国から密輸して、更に拉致の手助けもしているという。
 そもそもこの金木辰巳という人物は北の工作員ではないか、「十中八九、そう見ても間違いは無いだろう」と土橋は言った。畑中も「タリバンの奴でもこんな悪党は見た事が無いぞ」と言った。

 藪中は「決行は十時にしよう。後藤君にはタイマーを十一時にしておく事を伝えておく、なにしろ十時では人がまだ大勢いるからな」と言った。「とにかく皆殺しだ、寝こみを襲うのは士道に反するからな」とも言った。「し、士道、」と土橋は口澱んだ。

a0144027_2293819.jpg 後藤は考えていた。夜中の十一時といっても、まだここ寿町は、夢遊病者のようにあてもなく人々がうろついている。その前でノミ屋の鍵をこじ開けても人目につくし、やはりここは今、客のふりをして仕掛けるしかないかなと思い、酒井一尉と手分けして、超小型の電子タイマーの付いたTNT爆薬と、地雷を小分けした爆弾をセットして回った。

 無事爆弾を仕掛け終わると、後藤は、坂井とコーヒーを飲みながら「ありがとう、坂井君。もう君は帰った方が好い」と言った。
 「一杯飲んで別れたかったが、今夜の事もあるし、ありがとう」と後藤が言った。
 「そうか、少しは役にたったか」「ああ」
 「では、帰るぞ」「うん、ありがとう」「体に気をつけてな」と言って帰って行った。そして「アヴェ・マリア」の曲が流れ、いよいよ戦闘態勢に入って行った。

 その日の午後十時、藪中、畑中、土橋の三人が突入した。
 これは正に殺戮戦であった。戦う者戦わざる者、皆眉間に穴をぶち開けた。
 だんびらの金は、それでも太刀を持って向かって来た。
 「何を大仰な」「ばかか」
 三人の銃口が金の頭に一斉に火を吹いた。金の頭は西瓜が割れるがごとく首から上が無くなっていた。

 藪中が金庫を開け、その札束を畑中と土橋に分け合った。そして三人は暗闇に消えた。 遠くからサイレンが聞こえたきた。刻一刻と、爆発の時間が迫って来ている。パトカーが着いたその刹那、およそ五十数箇所から大爆音と大爆風の嵐が寿の町に轟いた。そしてビルが傾いた。まるでレバノンの戦争当時のように壁が崩れ落ちている。

a0144027_2355953.jpg

 「火薬の量が少し多かったのじゃないのか」と藪中は言った。
 「なにせ軍事用の爆薬だからな」と後藤。「君等が金のビルを襲っていた頃、俺も寿の組事務所に、余った爆薬を全部仕掛けたから、少し多かったかも知れんな」と吹き飛んだ看板を足でけり飛ばしながら伊勢崎町の安楽亭へ向かった。四人は「後は北方の会長と、息子だけだな」と思っていた。


               (9)
 藪中達は焼肉店に入った。そこでボトルをそれぞれ注文して、カルビを炭火焼にして、焼酎のつまみにした。百人位は殺しただろうか、警察は暴力団の殺し合いだと思うだろう。
 「会長の件だが俺に任せろ、少し時間が懸るだろうが、妙案が有る」と後藤が言った。それで四人は明け方まで飲み、幸福荘新館に帰って行った。

 その道すがら、警察の検問があるかもしれないので、コンビニで買った袋に拳銃と弾の入った弾倉を二重三重に包み、植え込みの中に隠した。
 寿町に帰って、四人は再びぎょっとした。
 百人余りのやくざが、手足は千切れて、脳みそは吹き飛び、はらわたが飛び出ている。狭い地域にノミ屋が密集していたので、さながら空爆にあったようである。またノミ屋の事務所は、夜は無人と思っていたのだが、そこは若い衆の仮眠場所にもなっていたようである。まさに戦場の後であった。「まあ、大掃除ができたという訳だな。またぞろノミ屋が横行し始めたり、組事務所が出来始めると、神奈川県警の力量不足だと言われても仕方がないな、どうせあの上司のことだ」と藪中が笑った。

 この事件は、暴力団同士の一連の抗争としてマスコミにも取り上げられた。「やっぱしな、神奈川県警、長者町署と加賀扇町署は逃げている」と藪中は思った。

 まだ、電柱にくくられた、ダンボールの切れ端に書いた「刃物研ぎます」の看板が風にひらひらと舞っている。それから、あの叔母ちゃんが手にはいっぱいの御馳走を持ってやって来た。「分っていますよ。誰にも言いませんから」と馳走してくれた。藪中は「お金は取り戻しましたから」と言って八百万円を返した。
 叔母ちゃんの目は涙ぐんだ。それでも気丈にも気を取りなおして、「これから何時でも飲みに来てよ。待ってるよ。ほんとだよ。お金は一切頂きませんからね」と言って、にこっと笑って帰って行った。


               (10)
 白神山中のたこつぼの中で、藪中はそこまで回想すると、また一杯、焼酎の水割りを飲んだ。藪中は虫除けスプレーで、肌の出ている所に吹きつけた。「失敗したかな、やっぱり洋上で爆死した方が好かったかなあ。虫の餌になるより、魚に食われた方が まだ美意識が有ったかなあ」と思っていた。

 夜は寒い、だがここは程好く温かい。竹の空気抗から空を見上げると夕闇が迫ってきている。白神台地は確実に落日の時を迎えていた。
 「刃物研ぎますか」けだし名言、名文句だなと藪中はにやりと笑ったその瞬間、

 えっ
 うそっ、
 「  」
 今何か落ちてきたな
 熊か…

 
a0144027_15377100.jpg 天井が軋んだもん、親熊ならこの天井では持ちこたえは出来ぬ。
 小熊か…、
 すると親熊が近くに居るな、この換気抗から臭いが出ているのか、
 ベレッタを天井に向けて二、三発撃ち込んでやるか、
 いやまて、死体にすると動物がやって来る、この穴も掘りまくられる。それに匂いもするからな。

 これから死ぬというのに、藪中は熊に襲われたり動物に食われたりするのには我慢が出来なかった。だからベレッタには弾を幾つも入れて持ってきていた。どうやら狐か 何かが通りすぎて行った時の軋みの様だった。

 そうして焼酎の水割りを飲んで、白神にとばりが迫る頃、背もたれをして深い眠りに落ちていった。その夢の中で過ぎ去りし日々の出来事が蘇ってきた。


               (11)
a0144027_374996.jpg 幸福荘新館618号室、そこには藪中、後藤、畑中の三人がいた。「あの北方の会長、児玉義巳とかいう奴、戦犯の弟だったらしぞ。GHQのマーカット少将のM資金と、戦中しこたま貯め込んだ金で世渡りをしていたらしい」「ほんと、スケベな奴だなあ」

 ここで後藤が秘策を言った。
 「これは、だいぶ前から温めてきたものなのだが、セスナに500ポンドミサイルを積んで、あの会長と息子が自宅の中に入った時を見計らって、セスナごと突っ込もうと思っている。特攻だ。これは見物だぞ、屋敷全体がふっ飛び、紅蓮の炎に包まれて跡形も残らんだろう」と言った。

 「俺はな、漁船で黒潮に乗ってな、そうすれば自然と太平洋のど真中に行くだろう。そこでTNTで自爆するつもりだ」と畑中が言った。
 「いずれにしても死体は残らんはな」と藪中は言う。「俺もな、考えているんだ」と藪中。 「何処か山の中で穴を掘って二重底にしてな、腐葉土が穴に落ちるように細工して、その穴の中で ベレッタで自沈するんだ。その腐葉土の中には桜の苗木も入れてな、そうすれば立派な山桜の木が生えると思うよ」と藪中が言った。

 後藤は「空気抗も作っておいたほうがいいぞ、あとで気が変わるかも知れん」と言った。
 畑中は「後藤さんは生きろ、どうせなら俺がTNT爆弾を作るから、空から児玉会長の自宅に落とした方がいいよ」と言ってくれた。「それもそうだな」と後藤は考え直した。

 「刃物研ぎます」の看板は未だ風に揺れている。ノミ屋もまたぞろ増えてきた。懲りない連中だ。相変わらず思った通り警察は何もしていない。

 調布飛行場から一機のセスナ機が飛び立った。後藤の機体と思われる。畑中が会長と愚息がまだ屋敷に居ると無線で知らせてくれた。副操縦席にはTNTとナパーム爆弾がある。

 「あれか」
 「でけえなあ」と後藤は思った。
 どれほどの悪事を重ねれば ここまで大きな屋敷になれるのかと思い、上空から見下ろし「アヴェ・マリア」の曲をかけた。そして手製のナパーム弾 四、五発と、TNT爆弾を落とし右旋回に急上昇して消えて行った。急いで帰らなければこのニュースが洩れてしまう。上司の名と機体を使ったセスナ機は、無事府中の飛行場に帰った。

 それは凄かった。
 半端じゃなかった。
 屋根は吹き飛び、石垣の塀の中は赤々と燃え上がり、火災旋風が渦巻いている。一人火だるまになり門の前まで来て転げ回っていた。あのめぐの居酒屋にダンプを突っ込ませ、三人を轢き殺させた張本人だ。ああ、もうじき黒焦げになって堕ちて行く。


               (12)
 土橋が帰った後、早速三人でめぐの居酒屋に飲みに行った。無事敵討ちに成功した事を知らせて、五百万円を返した。めぐは受け取れないと言ったが、亡くなったホステスへの香典だと言って、何とか受け取ってくれた。それから今後は飲み放題だねと言って笑った。
 いつ見ても美形だ。胸元のボタンを二つ外した姿は、美しくも妖艶であった。

 だんびらの金の所を襲った時、「おれおれ詐欺」もやっていたのか、架空名義の、無数のキャッシュカードを押収した。そこら中「おれおれ詐欺」と、「悪徳リホーム」のマニュアル本が散らかっていた。ご丁寧にカードに暗証番号が書かれてあった。これで堂々と引き出せる。その残高照会に驚いた。

 「何とまあ貯め込みやがって」「本国に送金でもするためか」
 「バズーカ砲でも買うか」「何処で」
 「北海道に行って、ロシアの船員とコネをつくるんだ」じゃあ俺も行くと後藤、畑中二人は、北海道に行くことに決った。

 藪中は研ぎ屋に戻った。
 また目つきの悪い連中が増えてきた。前の連中より更にたちが悪い。そして私設ギャンブル場をまた作り始めた。長者町署、加賀扇町署は買収されたのか動かない。せっかく掃除したのに、黒焦げになった寿の町を見て回り、後は自分達でやるしかないなと思い、二人の重火器を待つだけだと思った。そして次の攻撃場所を一箇所ずつ見て回った。

a0144027_242460.jpg このところ、横浜の寿町という日本三大の日雇人の寄せ場には、仕事の量が減り続け、街のあちこちにホームレスが増えてきた。それに対応するために中区役所は、七五〇円分に相当するパン券を、仕事にあぶれた人に指定された店で買えるようにしていた。
 また高齢化が進み、あちこちに持病を抱えて就労できない人には、生活扶助費として、最低限の支給をしている。そのお金を目当てに私設ギャンブル場が吸い取り、また吸い取られた者は、その組の暴利な悪徳金融から借りる。この悪循環、この繰り返しである。







 藪中は銃をベレッタから、北方から押収した銃身の長い、消音装置が付いている狙撃用のライフルに替え、畑中の暗視用ゴーグルを付けて暗闇に潜んだ。狙うのは組事務所の前に停めてある黒塗りの車である。みなエンジン部分を狙い撃ちにした。何時しか組事務所の前はがら空きとなり、何時でも戦闘態勢に入れるようになっていた。そして彼等は夜中出歩かなくなった。誰かが狙っていると、彼等も感じ始めていたようだった。


               (13)
 藪中は白神山中の航空写真を眺めていた。
 そこで人が入らず眺望がよい、山桜の映える場所に赤い丸印をつけた。そして今度の掃討作戦で終わりにしようと思っていた。なんびととはいえ人を殺したうえは、裁きは自らの手で行う決意であった。遠く北海道にいる畑中も、これで終止符をうとうと思っていた。その畑中の元へ、ロシア船から携帯に連絡が入った。畑中は少し片言のロシア語が出きる。チェチェン共和国で覚えたロシア語であった。

 豊富な資金力の甲斐あって、ロケットランチャーと手榴弾、それに軽機関銃が用意出来たと言ってきた。それで洋上でボートに積み替え、幾つかのゴルフバックに入れ、横浜の寿町に帰って来た。

 畑中、後藤、藪中は、今回の攻撃で終りにしようと話し合った。始末は自分で付けなければならない。藪中は山へ、畑中は太平洋のど真中で爆死すると言う。後藤は、500ポンドの空対艦ミサイルを畑中にやると言った。後藤君は生きろ。児玉別邸への突入は止めろと、皆が言ってくれたからだった。

 そして今度は「アヴェ・マリア」ではなく、また山鹿流の陣太鼓でもなく、
 《地獄の黙示録》ワーグナーの歌劇「ワルキューレの騎行」の曲にのせて、最後の突撃が始った。

 作戦開始は午前0時、畑中は関東系の組事務所へ、藪中、後藤組は関西系の組事務所へ、同時にロケットランチャーを一階二階と撃ち込み、突入した。窓枠は歪み、壁は崩れ落ち、至る所にはらわたが飛び散り、生首が転がっている。まだ生き残っている者達には軽機関銃を乱射し、途止めに手榴弾を投げ込んだ。
 そして一人も居なくなった。組長はとうに爆死していた。私設ギャンブル場には、残りのロケットランチャーと手榴弾を使い切り、警察が来る前に全てを破壊し切った。

a0144027_14353899.jpg

 嘗てのベイルートも斯くの如くあったのか。硝煙が辺りを漂い、ビル全体が崩れ落ち鉄筋が剥き出しになり、水道管は破裂し、都市ガスから炎が噴き上がっている。

 まさに戦場であった。ほろ酔いの土方(どかた)は仰天し、
 長者町署の警官は、唖然としてただ立ちすくんでいた。

a0144027_1443364.jpg

 この日の死者はおよそ三百名にも上った。畑中は残ったお金で漁船を買い、後藤の500ポンドの空対艦ミサイルを積み、黒潮にのった。藪中は、「刃物研ぎます」の看板を外し、白神の秘境をひとり目指した。


               (14)
 後藤はセスナ機で洋上の畑中を見送り、パラシュートで名水と焼酎のボトルを落とした。 その焼酎割りを、ちびりちびりと飲みながら、太平洋のほぼ、ど真中で自爆して逝った。畑中は一瞬にして散りじりとなり、後には小さなきのこ雲が残った。

 それと同じころ、藪中は白神の穴の中で、クマゲラが木を突っついている音に目を覚ました。空気抗から空を覗くと夜が白々と明けかけていた。リュックサックからCDプレーヤを取り出すと、ショパンのノクターン、第二十番の遺作を聞き始めた。







 美しくも哀しいそのメロディに目は潤んだ。
 そしてその曲が終るころ、おもむろにベレッタ・モデル51をこめかみに宛て、引き金を引いた。朝もやにけむる白神高原の大地に、微かな くぐもった銃声が鳴った。

a0144027_11583844.jpg


a0144027_1457246.jpg それから凡そ三十数年が過ぎ、その穴の上には落葉が降り積もり、少しくぼ地になっており、美しい山桜の花が咲いていた。藪中の、古い航空写真の赤い丸印を見ていた白髪の初老の男が、その山桜に向かって手を合わせた。
「後藤か、来てくれたのか」その山桜の傍らで藪中はひとり静かに呟いた。



 「了」


                        (注) この物語は あくまでフィクションです。
                        登場する人物、団体、組織等は存在しません。





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055.gif「天草島原の乱」1-2 「昭生と朱美」 「神曲」ep…1 「二人の酔っぱらい」ep…1 「洞窟での出来事」野良猫との再会 「覚永和尚」 「みどりと信夫の大当たり」 「仙人候補生」と姉弟 「二人の酔っぱらい」1-2 「神曲」第一部1-56 「神曲」第二部57-78 「亜衣姫と羅夢王」1-7


a0144027_7553621.jpg 「あのう」
 「あの…」
 美佐子は思い切って後ろの席に座っている青年に声をかけた。
 「ん。何か」と青年は振り向いた。
 美しい。
 美佐子は、この世の中で こんなにも美しい人には、まだ出会ったことがなかった。
 自然と 自分の顔が赤らんでいくのが分かった。

 「その薄くて平たいものは何ですか」
 「ああ、これ。これはパソコンですよ」と青年は言った。
 「でもキーボードがありませんけど」
 「キーボードは要りません」と、青年は テーブルの上に文字を書いた。
 「こうして 指先で文字を書くのです。そうすると、その動きをパソコンが感知して、こちらのディスプレイに、自動的に漢字変換されていきます」
 「ひらがなだけでも」
 「そう、音声だけでも構いません。英語にも他の言語にも即座に対応し変換していきます」

 「それ、私も欲しいのですが、どこに行けば買えますか」
 「まだ売ってはいませんよ」と、青年は微笑みながら答えた。
 「これはもう旧式ですが、2058年製です」

 「えっ、」
 美佐子は耳を疑った。
 「今なんて」
 「2058年」
 「ではあなたは、2058年から来られたのですか」
 「いえ、2062年から来ました」

 「あのう」
 「まだ何か」
 「そちらの席に移ってもいいですか」
 「いいですよ」
 美佐子は紅茶の入ったカップとバッグを手に取ると、青年の前に座った。そして「こういうものです」と名刺を渡した。

 「ほう、NHKの方ですか」と、青年は言った。
 美佐子は「2062年でも まだNHKがあったのですね」と聞いた。
 「いえ、日本国営放送局NKです。今の時代のように、おつむが左がかった人はいませんが、」と笑い、「申し遅れました僕は原田克と言います」と言った。

 「おつむが左まき」美佐子はむっとして、
 「では、原田さんが未来から来たという証拠は」と尋ねた。
 原田青年は左のズボンのポケットから一枚のコインを取り出した。
 「この人に見覚えはない」と、美佐子に金貨を見せた。コインには日本国と銘打たれている。

 「〇〇さん」
 「そう、〇〇元総理」と、原田が言った。
 「へーえ、〇〇さん、総理になっちゃったの」と美佐子は驚いた。そして日付の刻印をしげしげと見て指で押し、曲げた。
 「ああああ、曲げちゃ駄目、それ24金だから」と原田青年は言った。
 美佐子は元どおりに平にして、コインをテーブルの上に置いた。


 「あのう」
 「何か」
 「そのう、インタビューさせてもらってもいいですか」
 原田は、ディレクター高橋美佐子と書いてある名刺を眺め、少し考えてから、美佐子の眼をじーっと見つめながら「いいですよ」と言った。
 美佐子は克の その澄んだ瞳に吸い込まれそうになりながらも、立ち上がり「亀ちゃん、こっち、こっちに来て」と、カメラマンを呼んだ。

 「何すか」と、ソニー製の報道カメラをぶら下げて、亀本は美佐子の隣りに座った。
 「亀ちゃん、今から こちらの方とインタビューしますから、カメラ回して」
 「OK、いいっすよ」と亀本はカメラを肩に担いだ。
 「それではいきます」と美佐子が言い、カメラは原田の顔を捉えた。

 「あなたはどこから来られたのですか」と、美佐子は改めて聞いた。
 原田は「2062年の東京からです」と答えた。
 「ええっ、」と亀本が驚いた。
 「ではそれを証明するものは」と美佐子は聞いた。

 克は財布の中から五万円札と身分証明書を出した。亀本はそれにズームインした。名前は原田克(つとむ)、住所は、神宮前A-135-BC2371と記されていた。
 克は五万円札の肖像画を指さし、この人に見覚えは、と聞いた。

 美佐子は「あ、ひょっとして」と言った。
 「そう、〇〇総理です。この方が戦後日本の一番危うい時代の舵取りをされておられました」と原田は言った。

 「戦後と言われましたが、それは第三次世界大戦のことですか」
 「そうです。WW3です」
 「それはいつ始まるのですか」
 「2021年初頭から4年間です」
 「では東京オリンピックの翌年からですか」
 「東京オリンピックは開催されません」

 「えっ」と、美佐子は驚いた。
 「とても五輪を行なえる状況ではなかったからです」
 「それはどうして」
 「今年から中国の内部崩壊が始まり、各地で内乱が起こります」
 「はい」
 「政府機関は完全に統治能力が失われて、軍部も幾つかに分かれ、自国民の間で凄惨な戦闘が繰り広げられます。これが2020年まで続きます」

 「日本への影響は」
 「中国海軍が沖縄の一部の島々に上陸し占領しました」
 「そのとき自衛隊は」
 「自衛隊というものはありません、国軍です。無論一蹴しましたが、島民が人質にされました」
 「アメリカ軍は助けに来てくれましたか」
 「いえ、そのころアメリカはデフォルトに落ち至っている最中でした」
 「それはなぜ」
 「中国がアメリカ国債を投げ売りしたからです。アメリカの株価は暴落し、その影響は全世界にと広がっていきました」

 「ヨーロッパにもですか」
 「そうです。EUはもっと悲惨です。ユーロは価値を失い、長いデフレの時代に突入していきます。ギリシャもスペインもデフォルトを宣言しました。このときスペインの北東部とフランスの一部に大きな地震がおきます。2019年の4月のことです」
 「なるほど、それでは東京オリンピックどころではありませんね」と美佐子は言い、
 「中東はどうなりましたか」と聞いた。

 「中東での戦争には核兵器が使われ、この世の地獄とも称されました。これは2021年からです。また中国共産党は、中国北西部に逃れていたのですが、ここが最も原爆の被害が多かった地域です」
 「それはどこの国からですか」
 「それは言えません」

 「韓国はどうなりました」
 「韓国という国はありません。南北朝鮮は宣戦布告もなしに対馬に上陸し、日本に攻撃をしかけてきたのですから、日本人はブチ切れました。日本軍は、韓半島を占領したのです。これは2022年のことです」
 「それで日本軍の死傷者は」
 「約3500名ほどです」
 「それでは軍隊に入る若者は少なくなった」
 「いえ、ますます増えています。主に兵站の仕事ですが、若者の失業率が減り 日本経済の底上げが出来ました」

 「中国とも戦ったのですか」
 「はい。中国の艦船は全て日本の潜水艦に沈められ、J-10やSu-27の中国空軍機は、日本軍のF-15には全く歯が立たず、ことごとく撃ち落されてしまいました」


a0144027_1629461.jpg


 「地上戦も行ったのですか」
 「いえ、地上戦はインド陸軍が行い、中国は滅び、インドとなったのです。だから日本とインドは非常に仲がいいのです」

 「中国もなくなり韓国もなくなり、それでロシアはどうなりましたか」
 「ロシアに動きはありませんでしたが、日本側に交渉を持ちかけてきました」
 「それはどんな」
 「北方四島と樺太 それに千島列島と、日本が占領している旧満州、韓半島を交換する提案でした」
 「それでその提案に日本は合意したのですか」
 「そうです」
 「そうですか、東亜三国はなくなり、インドとロシアになったのですね」
 「そう」
 「まだあります。台湾が日本国となり、台湾県になったのです」

 「へーえ」と美佐子は唸り、
 「またずいぶん南北に長い国土となりましたね」と応えた。
 「はい。台湾の人たちが日本国にしてくれとのことでしたから。これで日本は53都道府県になったわけです」
 「また、ベトナムの人たちやインドネシアの人たちも、日本国民になりたいと言っておられます」「いずれ日本国連邦と名乗られるかも知れません」

 美佐子は「へーっ、ほんとに、ではちょっとここで一息入れましょうか」と言った。
 亀本は「戦前の大東亜共栄圏に戻ったわけかあ、すっげえー、まあ南北朝鮮はいらんけど」と言った。
 そして三人はドリンクをそれぞれ注文した。


 美佐子は、紅茶をゆっくり飲み干すと、「ではまた質問にうつります」と言った。
 亀本はカメラを担いだ。
 「2062年のことをお伺いします。首都は東京で変わっていませんか」
 「変わっていません。東京です」
 「地震はありましたか」
 「はい。横浜に被害が出ました」
 「震源地はどこでした」
 「それは言えないことになっています」

 「では天皇制は残っていますか、そのお方は男系男子ですか」
 「もちろんです。元号は安治と言います」
 「そのお方のお名は」
 「考えてみて下さい。今の時代にご存命です」
 「ああ、はいはい。良く分かりました」
 ここで美佐子はコップの水を一口飲んだ。


a0144027_9262743.jpg 「では、2062年において日本と敵対している国は」
 「ありません」
 「日本の国旗は日の丸から変わっていませんか。国歌は君が代のままですか」
 「日の丸。何ら変わってはいません」

 「天皇陛下への日本人の敬愛は変わっていませんか」
 「日本どころか世界中から敬愛されています」

 「今後日本から傑出した政治的なリーダーは出現しますか」
 「輩出されます」
 「東京の景観は今と比べてきれいになっていますか」
 「東京は世界一複雑な都市です。地上都市、空中都市、地下都市、それぞれが繁栄しています」
 「地下都市について教えて下さい」
 「高層ビルディングが立ち並び、リニアも走っています。なんら地上都市と変わりがありません。住民も800万人ほどです」

 「日本は何らかの天然資源の主要産出国になっていますか。例えば海底資源とか」
 「62年現在の日本は天然資源輸出国の代表格なのです。これは、いろんな問題に抵触するために、言うことが許されていません」

 「日本の主力産業は何ですか」
 「ロボット」
 「ロボットはどの程度のレベルで実用化されていますか」
 「例えば、日本で生産されているすべての自動車がロボットです」


a0144027_10262045.jpg 「ここで一息入れましょう」と美佐子が言った。亀本はトイレに行くために席を立った。美佐子は「お金はどうしています、お住まいは」と聞いてきた。
 克は、「お金ですか、お金は未来の造幣局から振り込まれてきます。同じ日本国の造幣局ですから、何ら問題はありません」「身分証明書も、時代こそ違え、同じ日本国が正式に発行したものですから」と言って、パスポートを見せ笑った。
 美佐子は、不思議な仕組みがあるもんだなと思って、「連絡先を教えて下さい」と、手帳を開いて差し出した。それに克はホテルの電話番号を書いた。


 亀本が帰って来て席につくと、カメラを担いだ。
 「それではいきます」と美佐子が言い、
 「福島第一原発事故以外で同じような事故がありましたか」と聞いた。
 「残念だが、ある」と克は答え、
 「言っていいのか分からないが、陸地放射能はわずか数か月で無くすことが出来ます」と言った。

 「エネルギーの問題はどのように解決されましたか」と美佐子が聞くと、
 「日本人があるエネルギーを作り出し、そのエネルギーを元にアメリカが作った。そのエネルギーは核融合炉です。今日本には5ケ所に融合炉がある。いたずらに核を毛嫌いしては未来がないし、核技術者、核科学者も育ちません」と克は言った。

 「石油がエネルギーの主流じゃなくなった後、中東の国々はどうなりましたか」
 「とても無残としか言いようがありません」
 「他の惑星の資源も利用できるようになっていますか」
 「なっています」
 「月への最初の恒久的基地建設は実現しましたか。実現されたら、その国はどこですか」
 「表向きはアメリカだが、実質的な運用は日本とインド。それは40年代後半です」

 「あなた方の時代のロケットは、太陽系もしくは銀河系を超えているのでしょうか」
 「すでに光速を超える乗り物があります。超えているというか、もうある星に日本人が住んでいますよ」
 「ええっ、」と美佐子は驚き、
 「はい。ありがとうございます」と言った。

 「この時代の日本の子供たちは、とても眼がキラキラして可愛いですよ。まるで天の童子です」と言い、
 「日本はこの世の天国です」と言った。

a0144027_21342150.jpg また「伊勢神宮、明治神宮には、あらゆる宗派を超えた、世界中の人たちが参拝に来られ、一大メッカとなっていますよ」とも言った。




 なんて素晴らしい国に生まれたのだろうか。
 美佐子の眼がしらが熱くなった。
 「大丈夫ですよ、日本人はよほどのことがない限り、日本人として生まれ変わりますから」
 「えっ」美佐子は自分の心が、克に読まれていることが分かった。

 「それでは新しい医療技術は」と美佐子は聞いた。
 「医療業界は今と比較すれば信じられないほど飛躍して、病気はすべて治せます」
 「新しい独立国は」
 「無くなった国はいくつかあるが、新しく独立した国はありません」
 「富士山は噴火しますか」
 「噴火しないが、子供のころ、噴煙が上がったニュースは見たことがあります」


a0144027_924835.jpg 「ところで自衛隊、じゃなかった日本軍は空母を保有していますか」
 「空母は現在で約120隻、空中空母は約50隻ほど、ただ詳細な数を忘れたため、これは大まかな数字で、レーザー銃やプラズマ砲などはすべて国産です。なにしろ日本は南北に長いですからね」



 「日本にはまだ米軍基地はありますか」
 「あるが横須賀のみです」

 「最後にお伺いします。今勉強したり、経験しておいた方がいいことはありますか」
 「今の日本はとても良い国だから、そのままでいいのです」

 美佐子は立ち上がって、
 「どうも長い間ありがとうございました」とインタビューの礼を言った。
 「どういたしまして」と、原田克は微笑んだ。


 二人が帰ったのち、コインをポケットに入れ ホテルに戻った原田は、あれは絶対にNHKでは放送されない。それは初めから分かっていた。
 あとは美佐子次第だ。たぶん官邸に行くだろう。
 美佐子はそのころ、NHK報道局長とビデオを見ながら言い争っていた。
 結局、放映はなしと言う結論であった。

 翌日、
 特ダネを無視された高橋美佐子は、官房副長官にビデオを渡した。
 すべては原田の思惑どおりであった。
 原田が、深々とした椅子に座り、山崎のウイスキーを飲んでいるところに、電話が鳴った。
 官邸からの電話だった。
 特務機関員であった原田は、電話を取った。


 「了」








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055.gif「天草島原の乱」2 「昭生と朱美」 「神曲」エピソード1 「二人の酔っぱらい」エピソード1 「洞窟での出来事」野良猫との再会 「覚永和尚」 「みどりと信夫の大当たり」 「仙人候補生」と姉弟 「二人の酔っぱらい」1-2 「神曲」第一部1-56 「神曲」第二部57-78 「亜衣姫と羅夢王」1-7

- 天草の地図 -


               (1)
a0144027_9394958.jpg 豊臣秀頼公は元和元年五月七日、大阪夏の陣のおり、曲輪の避難用に作られた矢倉に、今は真田が率いる赤備え隊の、セムこと益田甚兵衛の先導で入り、セシル(守護神)は月に雲をかけ、辺りを漆黒の闇とした。そして抜け道を通って城外へ脱出し、小舟で淀川を下り大阪湾口で待機していた島津家の軍船に移乗し、直ちに薩摩へ向かった。

 薩摩藩にあって この脱出作戦に当たっていたのは伊知地兼貞、藩の隠密集団の首領であった。「ここはひとつ 日の本の大事、徳川一味、家康ば 懲らしめんと、よかか 見ておれ」と、伊知地兼貞は思いを廻らしていた。

 秀頼公は 薩摩の谷山郡福元村の豪商、谷山家に装いを解き、その後、谷山家の奥まった座敷に常住し、谷山家の息女さとを側室にして 秀綱を儲けた。
 この谷山の里に 大阪夏の陣が終ってから、二百名以上の将士達が入ってきて、この里に木下郷と呼ばれる集落が、突如として出現した。この時のことを 京都地方の子供達の間に、こんな童歌が唄われた。
 

 花のようなる秀頼さまを
 鬼のようなる真田(益田甚兵衛)がつれて
 退きも退いたよ加護島へ
 と、


 関が原の役以来、薩摩一国だけは鎖国体制をとり、常に戒厳令下においた。それだけに幕府は、薩摩の実情を知ることに腐心し続け、薩摩に潜入する隠密は数知れず、薩摩飛脚とも呼ばれ、二度と江戸の土を踏む事は出来ないと言われていた。
 なれない薩摩弁に怪しまれ、「おまんは何者でごわすっとか、何んばしに薩摩に来とらすとか」「ここはお前んらが来っとこじゃなか」と 鍬を持った百姓達に、追いかけられる始末であった。

 豊臣秀頼が谷山で儲けた羽柴天四郎秀綱は、小西家の浪人、益田甚兵衛好次の子、四郎時貞十六歳とし、天草、島原地方に喧伝させた。セムはこの子に霊道を開かせ、天草の村々を見聞させ、その人々の暮らしぶりの惨状を見させた。
 こうしてセシルは全てを理解した。
 セムこと益田甚兵衛が、天四郎の親代わりになるのである。そして悪政に苦しむ、天草、島原の領民を助けよという、神の意図が分かった。
 たとえ犠牲者がたくさん出ようとも、天草、島原の民が、この先何百年か、少しは楽に暮らせるようにと、神がセシルを遣わされたことも分かった。また、単なる一揆で終っては、まだまだ悪政が続く、ここで一泡も二泡も吹かせなければ幕府も乗りこんで来ない。

 甚兵衛も、自分がセム、敦盛だったことが分かっていた。そういえばここの所、横笛は吹いてはいなかった。迫り来る悪夢を払拭するかのように、その節くれだった指で、笛を吹き始めた。美しくも哀しいその笛の音は、山村の小川に吸い込まれていった。



               (2)
 自分が高天原の神々の末席にいて、その山懐の庵に 今では行き来できるようになっていた。それで秀頼の子を預かり、法力を教え、セム(甚兵衛)ともどもに人々を驚かせた。四郎の名は、天草、島原地方に広まった。

 「うーん、成る程、それで私に大国主の神様が、セムを助けよと申されたのか」
 「ああ、これで合点がいった」
 「そうとなれば尚更 役の小角さまと仙術を使ってセムどのを応援しなければなあ」とセシルは思った。

 このセム、益田甚兵衛の子、これが後の島原の総大将にして、天草四郎時貞と名乗った。そしてこの優美な天才少年は、三万七千人を率いて、幕府軍十三万を相手に、大蛇となり果敢なる戦いを挑んだのである。
 天草四郎時貞の残した奇蹟の数々は、セム(甚兵衛)と天上のセシルの合作であった。大阪夏の陣以来、徳川政権にこれほど堂々たる戦いを挑んだ者達はいない。しかも、天草四郎時貞と共に、三万七千人が、ことごとく死んでいったのである。

 益田甚兵衛好次は、小西家が滅んだ後は、真田信繁(幸村)の組織した、赤旗隊の武辺であった。
 三途の川の渡し賃である「六文銭」の旗印は、東軍の真田家に遠慮をして用いてはいなかった。セムは大阪城が陥落すると、密かに秀頼を薩摩に逃がし落延びて、故郷、天草大矢野島の里に帰り農夫となった。
 帰農して、田畑を耕す身とはなっても、何時の間にか天草はもとより、肥後熊本、薩摩加護島の、旧豊臣恩顧の隠れた方々の尊敬を一身に集めるようになっていた。



               (3)
 ここに日本史に類を見ない大極悪の領主たちが出て来た。
 その一人は、「島原領主、松倉長門守重政」 この男、後にキリシタンの亡霊にうなされ、熱病で狂い死んだ。これが一人。
 更にあくどいのが、「後を継いだ松倉勝家」 いわゆる二代目の暗愚である。農民が餓死すれば 年貢米も取れまいに、それすらも分からず、更に年貢米を倍増した鬼畜であった。これが二人目。
 そして更に極悪非道の限りを尽くしたのは、「松倉家の家老、多賀主水」である。キリシタンの人たちを、雲仙の地獄谷の熱湯の中に、背中を切り込み放りこんだ。これで三人目。
 まだある。
 更なる極悪人は、小西行長より天草島を奪い取った「備前唐津藩主、寺沢志摩守堅高」と、天草富岡城の「城代家老、三宅藤兵衛重利」である。この「五人」は、想像を絶した、万死に値する過酷な悪政を、二十年にもわたって続け、天草島原の領民は、重税と飢饉で餓鬼道に泣き、朽ち果てた。まさに虐政と凶作の地獄絵図であった。


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a0144027_19241235.jpg 更にあろうことか、
 家を改築すれば改築税を取り、囲炉裏を作れば囲炉裏税、窓を明ければ窓税、棚をはめれば棚税、畳を敷けば畳税、死者を葬れば墓穴税、赤ん坊が生まれれば頭税といった有様で、
 食い物はどんぐりの実を拾い、葛根蕨(クズわらび)を掘り、草木の葉を摘み、あらめ、ひじき、おこ、青のり等を食していた。そしてこの夏も特に、ひでりが続いた。


a0144027_12134069.jpg
 …
 「ねずみじゃなかもん」
 「こげんもんしか食えんかったら、おうはもう死にたか」
 「おうも死にたか」
 「小西さまが、懐かしか」
 と言って、首をつる人が出はじめた。
 …

 更に更にあろうことか、
 定められた租税を支払う事の出来ない人々には蓑を、首と胴に結びつけ両手は後ろ手に固く綱で縛られ、この蓑の外套に火を放つのである。この悲劇は蓑踊りと呼ばれた。転げまわり、全身が火だるまになる。

a0144027_19544513.png  また更に婦女子には、直視は出来ない辱めの限りを尽くした。辱めをうけた婦女子は、自ら河に飛び込み自殺した。この農民虐めが二十年に亘って各所で行われていた。
 こんな領主が、日の本の国にいたのである。信じられるであろうか、国辱である。


 これには日本の神々が怒った。「この、痴れ者共め、神々の処女地を何と心得ておる、」「このたわけ共めが、」と仰り、セシルを使いに出されたのである。
 さっそく閻魔大王に、来た時には魂とはいわず本体の霊ともども痕跡も残さず溶かしてしまえと仰せになりました。地獄に入れるのですら穢れるとも仰りました。それでもその魂の残滓が地上に落ち、貧相な一代限りの蛙となって、荷車に轢かれる定めであった。後は宇宙の塵にもなれず、永遠に姿を消すのである。

 飢餓ともなると、何としても食物を手に入れるしかなく、家族を守るためには虐政と戦うしかなかった。
 天草、島原の領民たちは、今や窮鼠の状態に追い詰められていた。領民は生ける屍で、天草島原の乱は、起こるべくとして起き、豊臣ゆかりの家臣団の武将らが戦術を教え、一糸乱れぬ統率をして、大阪夏の陣の遺恨を晴らそうと、天草、島原の人達と決起したのである。
 多くは小西行長の遺臣団と、薩摩に隠れ忍んでいた、豊臣家恩顧の名だたる武将達であった。それを幕府はひたかくしに隠して、キリシタン禁令の戒めと称して、後世まで続くように、嘘で嘘を塗り固め、キリシタンの乱に仕立て上げたのである。この世ではそのように教えられたことも、死してから本当のことが、全て分かるのである。セシルは嘆き、セムも嘆いた。



               (4)
a0144027_9471875.jpg 寛永十四年(西暦1637年)八月の中旬頃から、不思議な話しが伝わり出した。
 救いがもう直きあるという。その救いの予言を伝え回っているのは、天草の大矢野郷、千束島に、二十数年前から帰農している 四人の浪人であった。すなわち、大矢野松右衛門、千束善右衛門、大江源右衛門、森宗意らである。天草の浪人だから、小西行長の遺臣たちである。
 小西家が潰れ、早三十七年の歳月が流れている。

 …
 「こんまんま、朽ち果てんのば待っとっても口惜しかとぞ」
 「おう、そぎゃんこつたい」 「刀が錆びよっとばい」
 「死ん花の、一つや二つば咲かせてみたかな」
 「見とれよ、そんうちに、偉らかこつば 見せてやるばってんが」
 「今んうちに、刀ば砥いどかんばな」と武者震いをしていた。
 皆々、五十や六十を越えている。
 …

 豊臣秀頼の一子、羽柴天四郎こと天草四郎時貞であってこそ、豊富な豊臣家の財宝を軍資金にあてることが出来たのである。 太閤秀吉は不安を感じ、細心の用心のために、膨大な遺産を、あちらこちらに埋めて秀頼のために残していた。
 秀頼が薩摩へ脱出した直後、伊知地兼貞ら薩摩の隠密一味らが、密かに 多田銀山から掘り出し、薩摩に送り出した、四億五千万両にもなる金銀である。
 軍を起すにしても、同士の呼びかけで豊臣系浪人の千や二千は集まるであろうが、それではとても戦いにならない。そこで天四郎は、虐政に追い詰められている天草、島原の領民を立ち上がらせる作戦を立てたのである。
 この一揆は、天草四郎に統率された幕府への遺恨軍であった。そこで早速、天草、島原両地区の各村の庄屋、名主達へ廻状が配られた。


 「こは、百姓のみが結びし一揆にあらず。軍師は元真田の赤備え隊長、天草甚兵衛殿を始めとし、各々が大将は、全て元和大阪の陣にて名を馳せし、一騎当千のつわもの揃いにて候。この壮挙に馳せ参じた腕に覚えのある浪人 一千二百五十名は、いずれも主家を滅ぼされた面々でござる。皆々敵討ちにてござ候」と記るされていた。


a0144027_9511245.jpg 島原の領民達が武力蜂起したのは 十月の十五日だが、天草はそれより十二日も遅れて決起をした。益田甚兵衛は、天草、島原両地区の作戦を、綿密に計算しながら指揮を取っている。
 セシルが甚兵衛に、雲上から下界の様子を思念で送った。それから役の小角殿も、仙界から降りてこられた。いよいよである。

 加津佐村では、代官の山内小右衛門と安井三郎右衛門が、三十人余りの一揆勢に鉄砲で撃たれて討死にした。「ばかにしくさって」「おうが娘ばいたぶり、首ば吊らせたのはお前のせいじゃなかっとか」「こん、ばかたれが」と言い、
 次いで小浜村では、千々石、小浜、串山の三ヶ村を管轄していた代官の高橋武右衛門の邸に、一揆側が押しかけて放火し、「思い知ったか、こん恨みば」と武右衛門は、鍬や鳶口や棍棒などで叩き殺された。



               (5)
 その次の日、島原城を出発した城兵が 南に三里ばかりの深江村に到着してみると、そこには、なんと一千名を超す一揆勢が集結して待機していたのである。いよいよ最初の戦端が開かれた。
 この深江村の激戦で、島原城側は騎乗の 士分五、六人と、兵百人ほどが死んだ。一揆側も二百人余りが戦死している。その死んだ百姓に「こん恨みば、必ず取ってやるばってん」と言い亡骸を片付けている。

 「悔しかろうなあ待っていてくれよ、おうが仇ば討ってやるばって」と言っていた。一揆側には、堂崎、布津などの領民も続々と応援に駆けつけ二千余名に脹れあがり 女性も武器を手にして加わっている。

 城を三方から囲むように布陣して島原城を攻撃する態勢をとっていた。城内では救援軍を待ちながら籠城しているが、戦力としては二千程で、それに対する島原の一揆勢力はすでに一万八千と数えられていた。
 そして天草は島原の決起に遅れること十二日にして、全島の一揆への態勢は整ったのである。天草は備前唐津の寺沢堅高の領地になっており、富岡城の城代、三宅藤兵衛が統治していた。

 「なんも怖わかごつなかっと」「あん城におった侍と、相撲ばしたばってんが、おうよりも、力が弱かったとばい」と百姓たちが言い、四郎たちも、富岡城などは恐れてもいなかった。城兵は百余名、足軽、人夫なども三百余りで、本藩の唐津から援軍が来るには、船をしつらえ、時間がかかるだろう。それまでには全島を支配化に収められるであろうと、四郎達は考えていた。
 城代の三宅藤兵衛はしかし、一揆は対岸の火だとみて、楽観をしていた。罹る災難を予知すら出来ぬ、凡愚であった。

 そして次ぎの日、一気に天草の一揆は起こった。
 この頃既に大矢野島と天草上島の一揆戦力は、五千余名になっており、上津浦の城塞に集結していたのである。藤兵衛は、始めて意外な状況に驚愕し、早速討伐隊を出そうとしたが、とても勝ち目のある兵力ではない。しかし、援軍の遅いのに業を煮やし、城兵などで軍団を編成し、援軍が来た頃は出陣した後だった。


a0144027_9533771.jpg


 援軍はこれを追って、翌日には天草下島の本戸(現在は本渡と言う)に軍団を進めていた三宅藤兵衛に合流し、城側の総数は千五百人となった。この勢力で天草上島下島と大矢野島の一揆側の討伐に出撃する態勢を構えたのである。

 城代の三宅藤兵衛は、陣頭に出て指揮を取り、奮戦はしたが、従う者百八十人が死傷し、自らも深傷を受け、もはやこれまでと、正午頃には自刃してしまった。
 一揆軍は、三宅の首級をとって高く晒し、勝鬨をあげた。
 「天草の百姓ば、ばかにしよって」とその頭を蹴飛ばした。ころころころころと斜面を転がり、赤く血で染まった、天草本戸の河の中に、落ちた。
 主将を失った城兵は、一揆の大軍勢に追われ、命からがら富岡城に逃げ戻った。その後には、武器、弾薬、兵糧、軍馬などが無数に遺棄されていた。
 こうして天草は、伴天連衆の島になったのである。




                                     次のページにつづく










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