「白神の夜」1

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               (1)
 ここは、東北の秘境である 白神山中のブナが生い茂った森の中である。
 辺りの木々もようやく色づき始めている。遠くではクマゲラが鳴いていた。眼下には、朝霧が立ち込め、目の前には天狗岳が連なっている。

 「ここかあ」

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 藪中智明は、やおら携帯用のスコップを取り出すと、穴を掘り始めた。
 涼風が頬を伝わった。
 すぐに、ブナの根っこに行く手を阻まれた。そこで、折りたたみ式のこぎりで、ブナの根を切り、およそ二、五メートルほど掘り進んだ。
 穴の周りには網(あみ)を敷き、腐葉土を盛り上げ、小枝十数本と網の端の紐(ひも)を垂らし、やや太めの節をぬいた竹の筒を持って穴の中に入り、空気抗とし、頭上に小枝で天井を作った。
 そして一気に紐(ひも)を引きぬいた。
 腐葉土は見事穴を塞いだ。

 そのうちに、ブナの落ち葉が辺り一面を覆い隠すだろう、そしてその腐葉土の中には、山桜の苗木も入れてあった。時が経つと自分の上に美しい山桜の花が咲くだろうと、藪中智明は思っていた。

 暗闇の中でリュックサックから懐中電灯を取り出して灯し、まるで潜望鏡のように竹筒を地表に出した。そしてニリットルの焼酎を出し、沢で汲んで来た冷水をコップに入れ、ひとり焼酎割りを飲み始めた。
 それからポケットに手を入れ、ベレッタ・モデル51を取り出して眺めた。口径9ミリ、ショート・リコイル式半自動、8発入り箱型弾倉。思えばどれだけ人を殺してきたのか、悪党とはいえ人は人である。藪中智明は、懐中電灯の明かりの中で、焼酎割りを一杯、二杯と飲みながら回想を始めた。


               (2)
 ここは横浜市中区寿町のドヤ街の、幸福荘新館618号室、藪中の部屋である。智明は、元神奈川県警、長者町署で刑事の仕事をしていた。
 そこで児玉義巳という政財界に顔が利く大物の身辺調査をし、寿町地区に居住している外国人女性の人身売買の実態を把握しようとしていたが、上司の命令で事件をもみ消され、
 「ばか野郎、それが警察のする事か。なんと圧力に屈しちゃったのか」と呆れ果て、「史上最低の所轄だな」と、書類を叩きつけて辞職し、幸福荘新館に来たのである。

 そこで隣室の後藤昭生 元一等空尉と、畑中剛 元アフガニスタン帰還兵と出会った。毎日顔を合わせていた三人は、互いの気心が知れ、毎晩 伊勢崎町の安楽亭で飲み明かした。畑中の、ビンラディン追跡の話しは興味深かった。始めからCIAは彼の居場所を知っていたのに、石油欲しさから、アメリカのイラク攻撃の道具として使われた。「9・11のビル崩壊も、上手く利用したものだ」と畑中は言い、
 「全ては茶番だった」と言った。
 「この世は利権で成り立っとる。くわっ、情けないぞ」と智明は言った。

 寿町という所は、日本三大の日雇人が集まる無法地帯である。競輪、競馬、競艇のノミ屋が 白昼堂々軒を連ねている。
 神奈川県警、長者町署と加賀扇町署は見てみない振りをして、数年に一度、おざなりの取締りをしている。また四課の刑事が、そこの暴力団に天下って、内部情報を流している。
 「今度は、お前の組だからな、分っているな」と袖の下を促す。そのお金が長者町署と、加賀扇町署の内部情報提供者の懐を潤おし、同僚の飲食費ともなっていた。

 藪中智明は、千葉の木更津にある日本鋼管で荷積の仕事を行っていた時、外国船の船員からベレッタを買ってくれとせがまれた。そこで さほどの金額ではなかったので弾を一箱分合わせて買った。驚いたのは、後藤元一等空尉もコルトを、畑中剛元帰還兵もトカレフを持っていたことだった。三人は焼酎割りを飲みながら、もう人に使われるのは懲りごりだと言った。そこで人助けをして、食い扶ちを探そうと言うことになり、「何かないかな」と智恵を絞り、藪中はダンボールの切れ端に「刃物研ぎます」と書いた。


               (3)
 寒風吹きすさむ中、そのダンボールが電柱にくくられ、風に泳いでいる。
 「刃物研ぎます」と書かれた下には小さな字で「よろずもめごと相談に応じます」と、携帯の番号と共に書かれていた。藪中は急いで東橋の金具屋に砥石を買いに走った。主たる目的は刃物研ぎではないのだが、これは目くらましであった。

 このところ寿町には、韓国人の経営する居酒屋が急増していた。それで韓国人の叔母ちゃんが、智明の部屋に包丁を持ってよく来るようになった。智明は、三畳の部屋に新聞紙を敷き、研いでやった。手に余る刃物は、後藤と畑中に任せた。少しは飲み代にもなった。だが、あのダンボールの看板は真意が伝わらず、未だ風に泳いでいた。
 そしてその日はやって来た。

a0144027_1116832.jpg それは眼も麗しき美形の、めぐという居酒屋の女将であった。
 事件のことは藪中も知っていた。めぐの居酒屋にダンプカーが突っ込み、ホステス二名と客ひとりが下敷きになって死んだ。居酒屋の女将 めぐは犯人を知っていると言った。それは寿児童公園の向かいの、ノミ屋の書き手らしい。

 「ねえ、お兄さん、恨みを晴らしてくれない。私悲しくて、ここに当座の五百万を用意して来ました」と藪中に言った。よほど悔しかったのだろうと藪中は思った。
 「まだ若いのに、どうしてこんなに、お金を沢山持っているのですか、店の修理代も、御遺族への見舞い金も懸りましたでしょうに」と藪中が聞くと、「私の家は、済州島で呉服屋を営んでいますから、家から借りてきましたの」と言った。そして人相風体をこと細かく話した。


               (4)
 寿町、松影町、扇町、長者町一丁目には、大勢の日雇人夫がいて、その日の稼ぎを競輪、競馬、競艇、それにプロ野球の賭博に注ぎ込んでいる。そのお陰でノミ屋は二十軒を優に超え、数多くの暴力団の資金源となっていた。警察は何もしない。みすぼらしい人達が、横浜の、華々しい観光地である街に、日雇い人夫が繰出すのを、極力止めているのだ。だから大抵の揉め事には関心がないし、そのまま放置している。ここは全くの無法地帯だった。

 藪中は、後藤と畑中を自室に呼んだ。
 「その書き屋、殺人犯ではないか。殺したろうか」と畑中が言った。「いや待てまて、俺に好い考えがある」と後藤。「あれ程の事をした奴だ、まだまだ余罪が在るに決っている。全部吐かせてからでも遅くはないだろう」と言った。
 「石川町の土手に、電車のトンネルの入り口があるよな、あそこに手足を縛って、線路に寝かせるってのはどうだ」


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 「ははあ、電車と追突直前、紐を付けて引っ張り出すって寸法か」と藪中が言った。「昼間はだめだから終電だろうな、そのあと貨物列車も通るから」「それなら トンネルの出口がいいな。さすがにJRの駅前ではまずいぞ」「頭と足に、ロープで引っ張っておいて、どちらかが引きずり出そう」と畑中が言って、「レールで頭蓋骨が割れるかもな」と藪中が言った。

 藪中達は客のふりをしてノミ屋に入った。その書き屋は濁った眼をしていて、領収書に競輪の最終レースの出目と購入金額を書きなぐっていた。三人はすぐ前の、ごみだらけの児童公園の立ち木の陰で待つことにした。暗闇が迫ったとき奴が一人で出てきた。

 畑中と藪中が前に立ち行く手を塞ぎ、途止めは後藤の後頭部への銃把の一撃で終った。そして気を失った書き屋を畑中が背負い、土手を登りトンネルのレール近くまで運んだ。 まだ気を失っている書き屋を、藪中はベレッタで方膝をぶち抜いた。やっと気を取り戻した書き屋の手を縛り、首と足にロープを絞め、片方は後藤が片方は畑中が持ち、レールの上に寝かせた。
 そして下りの最終電車の車輪が、トンネルの向こうから書き屋の頭と足に触れる寸前、畑中が足にかけた綱を一気に引き寄せた。

 間一髪であった。
 後頭部を枕木とレールに嫌と言うほど引き叩かれ、書き屋はちびり、話し捲くった。
 「俺は使いっ走りで、本当は児玉会長の息子が めぐの女将に惚れこんだせいで、袖にされた腹いせなんだ。それで組長が怒って、ダンプで突っ込めと言われたんだ」

 「何の組長か」「3年B組の組長か」と藪中は問うた。
 「そんなばかな」と書き屋はへらず口をたたいた。
 「会長と組長は、タイから連れてきた女を人身売買している。まだ子供なのに風俗店に働かせ、うんと嘘の借金をこさえてな」と書き屋は喋った。その話しは藪中が知っていた。上司から目こぼしするように言われ、藪中の逆鱗に触れ、退官したのだった。

 「その組長は今何処にいる、親分の名前は、屋敷は何処だ」と聞いた。屋敷は北方館で、親分の名前は北方四郎といい、そこは寿町のマンションの最上階にあると言った。
 「組員の数は」「ええっ」
 「この野郎しらばっくれやがって」とまた線路に敷いた。そこへ最終の貨物列車がきた。畑中は今度は後藤が綱を引くものだと思って傍観していた。後藤も同じことを思っていた。それで、書き屋は上りの貨物列車に轢かれ、細切れになってしまった。


               (5)
 翌朝、藪中は居酒屋めぐの処に行った。
 めぐは奥から出てきた。イタリア製のスーツを着て、膝頭までの黒いスカートを履いた姿は本当に美しかった。そして昨晩仇を討ったことを告げた。でも本当の仇は右翼の会長の息子なのだと告げ、まだ仕事は残っていると言った。「お金は」とめぐは言ったが、「心配はするな、これからしこたま奪ってやる」と言って幸福荘新館に戻って行った。

 そこで後藤 元一等空尉と、アフガニスタン帰還兵 畑中剛と、今後の作戦を練った。そこへ韓国人の叔母ちゃんが、今度は包丁を持たずに訪ねてきた。まだ「刃物研ぎます」のダンボールの切れ端に書いた看板が電柱に踊っている。やっと真意が伝わり始めた様である。


a0144027_871891.jpg 叔母ちゃんの話しでは、店の前に何台ものベンツを乗りつけ、派手に騒ぎまくり、拳銃を振りかざし、それはもうおっかなくて、お金もまともには払わないという。
 「まあ、へたくそなカラオケでねえ」と言い、当然土方の人の来店も減り、警察に言っても埒があかないと嘆いた。どうやらあのノミ屋とは違う組らしい。「いよいよ出番が回ってきたな」と藪中は思った。
 そして叔母ちゃんは「あの組の奴等を潰してくれないかなあ。お願いしますよ、お兄ちゃん。頼りにしとるんよ」と八百万円を置いて帰ってしまった。

 「うひゃあ、八百万円か」
 「爪の先で灯して貯めたお金なのに、何と豪気なばあちゃんか」と畑中は驚いた。
 「じゃあ、俺のTNTであのベンツを爆破してやろう」と畑中は言った。
 藪中は、「まてよ畑中、前の親分、北方四郎のマンションの事も有るから、寿町の組ごと爆破してやろうじゃないか」

 「ノミ屋もか」「ノミ屋もだ」
 「二、三十も有るぞ」「ああ」
 「組もか」「ああ組もだ」
 「TNTが足らんぞ」「何とか調達は出来んのか」

 「うーん、傭兵仲間に聞いてみるか」と畑中は言った。
 「俺も手製の爆弾を作る」と後藤が言った。「空自でも教えているのか」と畑中が聞いたが、「いや、陸上のレインジャー部隊に仲間がいる、今度紹介しよう」と言った。

 「俺も500ポンド爆弾をばらして隠しているからな」「何だそれは、空対艦ミサイルじゃないですか」と畑中は驚いた。
 「取りあえず今の戦力で何とかしよう、今晩マンションに突入する」「相手を人間とは思うなよ、ダースベイダーだと思え」

 「ダ、ダースベイダーってか」
 「構わずに撃ち殺せ、良いな」と藪中は言った。「どうせ更正はしない。何回も刑務所を出たり入ったりしている連中だ、そんな奴等に税金を食わせるな」 そして「誰か消音装置を持っているか」と聞いたが、誰も持ち合わせてはいないと答えた。
 「まあ良い、ここは無法地帯だ、ドンパチやっても誰も通報はしないだろう」と藪中は思い、言った。

 藪中は、CDプレーヤを取りだし、畑中と後藤と何度も何度も、シューベルトの「アヴェ・マリア」D839の曲を繰り返し聴いた。これが出陣の前の仕来りにしたのであった。







               (6)
 そのマンションの最上階には、親分と子分共が居住していた。玄関を入ると屈強な男が出てきた。身だしなみにはかなり気を使っているらしい、黒のスーツ姿に白いシャツを着て、ネクタイを締めたプロレスラーのような男だ。そいつがひと睨みした。
 「あほらし」
 藪中は何のためらいもなく眉間を撃ち抜いた。

 更にエレベータで最上階に上がると、後藤は右の非常口の陰に、藪中と畑中は親分の部屋のノブにそっと手をかけた。

 扉が開いた。
 何と無用心な男か。
 畑中の手にはトカレフTT33、口径七、六二ミリ、タイプP、が握られていた。

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 親分の北方四郎は、風呂上がりで、バスタオルを肩に被いテレビを見ていた。躊躇なく畑中はトカレフの銃把で後頭部に一撃を喰らわせた。そして両手足を縛り、家宅捜査を行なった。金庫の開け方は、警察で一応は教わっている。

 すると出るは出るは、何処から集めて来たのか、マカロフPMからニュー・ナンブM60まで、口径9ミリと11・4ミリの弾の入った箱と、狙撃用のライフルが出てきた。

 畑中はリュックに詰めた。残りの札束も入れた。そして児玉義巳の居場所を聞いた。その右翼の会長は、自宅には余り戻らず、息子の田園調布にある家に泊まっているそうだ。 おおよその見当がついた。そして親分の北方四郎が暴れて大声を出したので、顔にクッションをあて、銃口の引き金を引いた。
 ただならぬ気配に気付き、上下黒のスーツ姿の男達が隣室から出てきた。そこを狙って、後藤がコルトM1911A1で胸板を貫いた。

 藪中達は、一戸一戸ドアをぶち抜き、蹴破り、全員を殺しまくった。そしてノートパソコンを開くと、タイ人少女の人身売買をした先や、タイ人ブローカーの名前入りの顔写真が出てきた。後で警察が調べやすいように、そのままにしておいた。もう長居は無用だ。遠くからサイレンの音がしてきた。


               (7)
a0144027_6553585.jpg 後藤 元一等空尉の所にレインジャー部隊の酒井一尉が訪ねてきた。そしておもむろに取り出したのは二個の対戦車用地雷と、多数の電子タイマーと信管だった。これで四十八個分の爆弾が作れる。後藤は応分の謝礼を払った。

 「これがばれたら、俺は刑務所行きだ」と酒井は笑った。
 「お前もばかだな、依りによって500ポンドミサイルを、F‐2のパイロンの誤作動だとか言って、森の中にわざと落とすなんて、結局、退官に追い込まれたじゃないか。後で拾いに行ったのか」
 「ああ」
 「だと思っていたよ。気を付けた方が良いぞ、寿町には何台もの隠しカメラが備え付けられているそうじゃないか」と心配をしてくれた。
 「分ったわかった、俺はいつ死んでも好い、久し振りだ一杯飲みに行こうか」と居酒屋めぐの女将の処へ飲みに行った。めぐは奥から眼をきらきらして出てきた。
 かわいかった。
 もうそれで十分だった。

 後藤は航空自衛隊に入る前、陸上自衛隊で訓練も受けていた。酒井はその時からの友人だった。畑中の所に、元傭兵仲間の土橋隆一が、TNT火薬とプラスチック爆弾を持ってやって来た。アフガニスタンで共に戦った仲間で、同じ釜の飯を食った戦友だった。

 「俺もいつ死んでも好い、仲間に加えてくれ」と土橋が言った。
 「気持ちはありがたいが、俺はもう十人は殺している。まだ後五十人は殺すつもりだ。よし、叔母ちゃんちの友楽苑で飲もう」と言い、北方四郎から奪った札束を「謝礼だ、受け取ってくれ」と土橋に渡した。

 畑中と土橋は、友楽苑の前に止まっている、五、六台のベンツの側を避けながら店内に入った。畑中は土橋に、「あのベンツを今晩吹き飛ばしてやる、面白いから一晩泊まっていかないか」と言った。「面白そうだな」と土橋が言い、「何だあのばか野郎、偉そうにふんぞり返って」と言った。「でもそれも今日限りなんだよ」と畑中は黒スーツを見て笑った。
 土橋は、「おい、ちょっとここに居てくれないか」と言い外に飛び出して行った。そして五、六分ほどしてからニヤニヤしながら戻ってきた。
 それから耳を劈く大爆発音がして、ベンツは原形を留めぬほどパックリとやねが吹き飛び横転して破壊されていた。

 「おい、早くずらかった方が好いぞ」と二人は何事も無かったように表に出て、またそのベンツの変わりようにたまげた。土橋は「少しプラスチックの量を間違えたかな」と頭をかいた。そのベンツの親分は金木辰巳という。昔、だんびらの金と異名を取り、関西の広域暴力団と繋がっていた。





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                        (注) この物語は あくまでフィクションです。
                        登場する人物、団体、組織等は存在しません。









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by hirosi754 | 2015-02-24 19:44 | 小説 | Comments(0)