「亜衣姫と羅夢王」1-4

               第一話

a0144027_170444.jpg 寒椿の花が落ち、
 赤いピンク色の梅の花が咲き乱れて、この山里の辺りを梅の香りが包んでいる。 今は、西暦三千年代中期の二月である。亜衣姫と羅夢王は、落ち葉をかき分けるようにして、黄色い福寿草が顔を覗かせている、山道を登っていた。


 「ねえ、らむちゃん、昔のことを教えてくれない」 と亜衣姫が言った。「昔のことって、いつ頃のことだよ」と羅夢王が聞いた。 「そうねえ、二十一世紀のことがいいなあ」 と亜衣姫は立ち止まり、かがみ込んで かわいらしい福寿草を見て言った。
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 「二十一世紀か。亜衣ちゃん、びっくりしないで聞いていてね。その頃は、まだ仕事を持っていない人達が、大勢いたんだよ」と羅夢王は言った。
 「ええっどうしてなの、信じられないわ」と亜衣姫は言った。
 「そう、おかしいだろ。でもそれが普通だとみんなは思っていたんだよ。今は、誰か大怪我(おおけが)でもしたら、世界中の見ず知らずの人達が、それーってお見舞いの手紙をいっぱい送って下さるよな」
 「だって、それが当たり前のことだもの」と亜衣姫が言った。
 「だけどその二十世紀から、二十一世紀の頃は、まだ特許という制度があってね、何かを発明した人は、その権利を独占していたんだ」
 「それは絶対におかしいわ。みんな神様からの贈り物なのに、どうして一人占めするの」
 「亜衣ちゃんの言うとおりだよ」
 「今ではみんなで教え合っているから特許などいらないし、アフリカの熱い大陸でも、涼しい工場を建てて、反重力の部品を作ったり、ヒマラヤの寒い奥地でも、暖かい工場で燃料電池を作ったりしているからね」
 「それが出来る前には、犯罪や病気が非常に多かったんだぞ。でも世界的な仕事の割り振りが決まって、世界中の人の雇用が始まってから、戦争や貧困や、犯罪や病気までもが激減してしまってね、おかしな宗教もなくなってしまったんだ」と羅夢王は言った。

 二人は、ねこやなぎの木が生い茂った、城跡の石垣の上に腰を下ろして、眼下の湿原に咲き乱れる、美しいパンジーや名も知れぬ草花を見た。亜衣姫は、黄色い花弁が赤い房に隠れ純白の毛に覆われている、ねこやなぎの房を取り、羅夢王のほっぺにくすぐった。
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 羅夢王は「人間が人間にしてさし上げる最大の愛の行為は、この世界的な雇用問題なのだろうなあ」と言った。
 亜衣姫も、「仕事がないってことは、どんなにか辛く、悲しいことなのだろうなあ。また、自分に合った仕事を持っている人は、どんなにか幸せなことだろうなあ」と思った。
 羅夢王は、「僕達の体は数十兆もの細胞を持っているんだよ。これは分るね、亜衣ちゃん。みんなそれぞれの細胞は独立していて、ほかの細胞と完全な調和を保ちながら、一つの人体を形成しているんだよ」と言った。
 「分かったわ、つまり、たった七十数億人しかいない地球の人達なのに、なぜ人体のように血が通わなかったのか、心の底ではみんなが繋がっているのに。そう言うことかな」
 「そうなんだ」
 「それは国連でも出来なかったことなの」
 「うん。みんな自分の国のことばかり言って」
 「二十一世紀の人達は大変だったんだね」
 「そうだね、それからあの大破局も来るしね。でも、素晴らしいお方が、タイ北部に、降りて来られるのは確かなんだ」と言って、「さあ、飛んで帰ろうか」と二人は、反重力推進装置のスイッチを押した。
 すると、ふわふわと中空に浮かび、手を繋ぎ梅の香りの中を「気持ちいいね」「うん。とっても」と、色鮮やかな紅梅(こうばい)の花の林から、湿原の野原を見渡し飛んで帰って行った。
 小川の水面には、タンポポのつぼみが映えている。春の足音はもうそこまで来ていた。



               第二話

 亜衣姫と羅夢王は、自分の家に帰って来た。
 半円形の透明なガラスのような樹脂で覆われている。遠くには、摩天楼のビル群が立ち並んでいた。今は西暦三千年代中期の四月である。亜衣姫は、羅夢王と桜を見に行くことにしていた。
 ああ、何ていう美しい桜ふぶきなのだろうか、二人は反重力推進装置を作動させながら、一キロにも及ぶ、沿道の桜並木の、桜ふぶきの中を飛んだ。

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 淡いピンク色の花びらと、やや白い花びらが交錯していて、おりからの風に舞い上がっている。亜衣姫も、長いしなやかな髪をなびかせ、羅夢王と桜の花びらの中を舞った。

 羅夢王は、「亜衣ちゃんは、まるで天女のようだなあ」と思った。
 亜衣姫は、「らむちゃん、また城跡に行ってみようよ」と言った。
 それで二人は湿原まで飛んで行った。その道すがら、森の大木の間に、二十一世紀に作られたビル群が蔦に絡まれ、見え隠れしていた。


a0144027_12393438.jpg その森の中には、万作(まんさく)や木五倍子(きぶし)が薄緑の花を咲かせていた。また、湿原の水車小屋の辺りには、紫色の片栗、水仙の花々、フキノトウ、水芭蕉の花が咲いていた。城跡に降りると、キエビエの黄色い花が、木立の中を照らして咲いていた。


 「地球は強いなあ、あんな大戦があったのに、こんなに花が咲いて」と羅夢王が言った。
 「二十一世紀の後半でしょう。あの第三次世界大戦は」と亜衣姫も言った。
 「うん。やっぱり地球は愛で持っているんだなあ、人も宇宙も」と羅夢王は言った。
 「宇宙も地球も愛ってこと」
 「そう。純粋な愛の意識で出来ているってこと」
 「純粋な愛」
 「うん。至高な愛の意識というか、それは無償の愛の姿そのものであるってことなんだ」
 「見返りを求めない」
 「いや、違う。ちゃんと宇宙の意識は見返りを求めている」
 「なんで」
 「だって僕達は何も知らないじゃないか、始めから不完全な人間を創っている」
 「それで」
 「見返りを求めないのなら、始めから完全な人間を創っている、そうだろう」
 「でも、不完全な人間のままでも好いんじゃない」
 「それじゃあ、宇宙の創造主は、無限の愛のお方ではない。文明も進歩しないし、宇宙も人類も進歩はしない、でも確実に、この宇宙も人類も進化し続けている」
 「うーん」
 「この世に完全なものはない。だからこそ敢えて、僕達に無限の進化が残されている。そうは思わない。始めから完全な人間を創ったら、この地球もいらない。僕達もいらない。そして、この宇宙もいらない。始めから創らなくっても良かったんだ」
 「でもそうすると、それは愛ではない。創造主のお心とは違う。だから、僕達に未熟さを持たせ、更に高みへと、至高な愛の道のりを、永遠に残された、正(まさ)に 宇宙の創造主様はお見事に、僕達の魂が、無限に進化するように創られておられる。亜衣ちゃん、そうは思わない」
 「すごいわ、らむちゃん。それこそ無限の叡智ね」
 「これから話すことは、二十一世紀の人が聞いたら笑うだろうな」
 「どうして」
 「偉い脳の生理学者が、肉体の生存の不安からくる、脳内で創る幻想だとか何とか言ってさ」
 「亜衣には、らむちゃんの言いたいことが分かるよっ」
 「それは生まれ変りのことだよね。これは秘中の秘だったんだぞ。仏陀以外は、どの神様も、敢えてこのことには触れられてこなかった。それは知る必要がなかったからなんだ。人は知らないでいた方がいい場合もあるんだ」
 「どうして」
 「科学が進歩しないからなんだ。お医者さんとか物理学の先生とか。それはそうだよね、お医者さんが、死んで生まれ変れ、なんて言えないものな。当分の間は知らない方がいいんだ。本当は、人は幾度と無く生まれ変って、不得意な部分を直しに来るんだけどな」
 「ええ。そのことは知ってるわ」

a0144027_181116.jpg 「亜衣ちゃん、僕も生意気なことを言ったかな。実は、人は読みかけの本を読みに、生まれて来ているんだよ。そして今読んでいる 人生というページこそがね、その人が悟るべき境地なんだよ」と羅夢王は言い、水仙の花をいちりん渡した。












               第三話

a0144027_20575737.jpg 今は六月、三千年代の中期である。
 羅夢王は、「亜衣ちゃん。この世には素晴らしい才能に恵まれた子供達がいるんだなあ。とっても敵(かな)わないやあ」
 「らむちゃん。何処に行ってきたの」と亜衣姫が聞いた。
 「うん。子供のピアノのリサイタル、それから帰る途中で見かけた少年の絵描きさん。どちらも上手だったぞ。青葉若葉の木々の間からこぼれる、柔らかい日差しの絵。僕にはとっても描けないし、ピアノも弾けない。やっぱり天才っているんだなあ」
 「きっと、前世から稽古をしてきたんだわ」
 「うん。この世の練習では、あそこまでは行かないものなあ」と羅夢王は感心していた。
 「つまり、その個性が得た経験は、時を重ね、時空を超えて、継続して蓄積しているんだと思うわ」と亜衣姫が言った。
 「そうだね」と羅夢王も言った。
 「あの子はブーニンの生まれ変りかなあ、それからあの絵描きさん、ミレーの生まれ変りかなあ。とにかくびっくりした」と言った。

a0144027_2021075.jpg 「それから、亜衣ちゃん。僕らもヘンデルの曲にのせて、大空に飛ぼうよ」と言って、二人は反重力推進装置を作動させた。そして徐々に天空に昇って行った。
 が、ここで羅夢王は失速し、急に落下した。亜衣姫は「あ、」と驚き、急降下して、羅夢王の体を掴まえて、地上に降ろした。


 「らむちゃん、大丈夫」
 「亜衣ちゃん、ごめん。ちょっとこの、反重力装置の石の具合が悪かったんだ。いま直したからもう大丈夫だよ」
 「らむちゃん、新しい機械に代えた方がいいよ」
 「うん。少しびっくりしちゃった」

 そして二人は天空に昇った。摩天楼を抜け、海岸線を北に飛び、見晴らしのよい小高い山に降りた。
 新緑の木々の間をくぐってきた、六月のすがすがしいそよ風に頬をうたれた。アケビも紫の花を咲かせている。足元にはやはり紫色の可憐なクロッカスと青いムスカリとハナニラが咲いていた。萌え出る若葉に、二人は森の豊かな生命力を感じ取っていた。
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 「ほら、亜衣ちゃん。あそこを見て」と羅夢王は、海岸の入り江を指差した。
 そこには大木に囲まれた、ドーム状のコンクリートの建物が、夏蔦に覆われていて、フェンスには雑草の細い茎が絡み付いていた。
 「あれが悪名高い、原子力発電所のなれの果てね」と亜衣姫が言った。
 「そしてまだ放射線を出している。半減もしてはいない」と羅夢王は言った。
 「なんてばかなことを二十一世紀の人達はしたのだろうかなあ、ねえ、らむちゃん」と亜衣姫は言った。
 「そうだよな、後始末の方法も知らないで、作るだけ作っちゃった。今は水や大気中の水素から、燃料電池で電力を作っているから、公害も出ないし、僕の家にも有るしなあ。昔の人は自分勝手だよ」

a0144027_20271329.jpg 「らむちゃん。私んちの燃料電池は、ガーナ製だよ」
 「僕んちのは、チベット製だ。でも日本製と何処も変わらない。これは素晴らしいことだとは思わない」
 「思うわ。それで世界の格差が無くなったもん。どの国の人も働けるし、みんな、にこにこしているわ」
 「今の世紀は毎月、世界中の人達が同じ給料を貰っている。そして紳界テレビで教えを受けている。その教えは次の生まれ変りの準備にもなるんだ。亜衣ちゃん。今この時代に生まれてきて、本当に良かったね」

 「らむちゃん。それから霊界テレビとか、ラジオのことも、もっと教えて」
 「うん。始めは霊界ラジオだったんだ。人間の霊体からは、後光というものが出ていて、それぞれ周波数が違うんだ。霊体には、ちょうど玉葱のような階層があってね、地上の科学者が、それに合う受信機を創ったんだ」
 「最初は一番粗い 外側の四次元ラジオでね、するとお化けが出てきて、かってに喋り始めたんだ」
 「うわっ」
 「それで紳界に昇っておられたトーマス博士が、地上の科学者と共同で、霊界テレビの送受信機を、四次元五次元と、各界に置かれ、それで整然とした交信が行なわれるようになったんだよ」
 「それで亡くなった方の姿が見えるようになったの」
 「そうだよ。それで生まれ変りも分ってきたんだ」
 「日本人を目の仇にしている中国人が、実はその時は日本の軍人で、南京まで攻めこんじゃって、多くの同胞を殺した兵隊が自分だったり」
 「ユダヤ人として生まれ、選民だと思っていた人が、今度は、それはそれは貧しい パレスチナ人として生まれ変わり、腹に爆弾を巻いて、ど派手に自爆して逝った自分の姿を、霊界テレビで見たりしたんだ」
 「そうして、本当の、永遠に続く自分とは、人間とは何かと気づき始めたのさ」
 そう言って羅夢王は微笑んだ。六月の爽やかな風が、亜衣姫の長く美しい髪をなびかせていた。



               第四話

 亜衣姫は、美しい髪をなびかせて飛んでいた。
 「亜衣ちゃんは、本当にきれいだなあ」と羅夢王は言った。
 「うふふ」と亜衣姫は笑った。
 今は西暦三千年代中期の八月、夏の盛りであった。羅夢王は、新しい反重力推進装置を付けていた。

 「亜衣ちゃん。どこか森の林に入って涼もうよ」と羅無王が言った。
 「うん」と、亜衣姫の額にはうっすらと汗がにじんでいた。
 夏の陽ざしをいっぱいに受け、甘く香りたつ山百合の花を愛で、木陰の涼しい山道を登った。
 青い桔梗の花の上には、とんぼが止っていた。また、黄色いオミナエシの花には、てんとう虫が上っていた。赤紫の山萩やキ萩など、数種の萩が到る所で咲き乱れていた。ミンミン蝉が、辺りの静寂を破っている。

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 「ねえ、らむちゃん。どうして悪い人がいなくなったの」と亜衣姫は聞いた。
 「それは、この間話した霊界放送が始まってからなんだ。一番はやく理解されたのは、タイ国の人達だったんだよ」と羅夢王は言った。
 「のら犬も殺さない、あの仏教国の人」
 「そう。それから密教の総本山でもある、チベットの人達もいち早く悟られた。そして世界中の人達が、だんだんと自分の過去世が解り始めたんだ」
 「それはそれは、長い時間がかかって、霊界放送局はてんてこまいだったらしい。いろんな天使、菩薩さまが手分けして、地上の六十数億人の霊体から、アカシックレコードを読み取り、再現されたんだ」

a0144027_20394994.jpg 「アカシックレコードって」
 「これまで幾つもの人生を、生まれ変ってきては記憶している、その人だけしか知らない心の映像なんだよ」
 「よく走馬灯のようにと言うだろう。それが人霊として生まれてから、全ての人の霊体に記録してあるんだよ」
 「それはどこに」
 「うん、心にあるんだよ」
 「とんでもない間違いを犯しても」
 「けっして消えない」
 「ねえ、らむちゃん。ICレコーダーや、ディスクのように、都合のいいところが消えたらいいのに」
 「それは間違っているよ。都合の悪いところがあるからこそ、それを自分で修正して、人は生きていくんだ。実は人間は、自分で自分を直しているんだぞ。人間の霊体の中心部は、直接 宇宙の神様と繋がっているんだよ。長い目で見ると、人は必ず救われる。そしてお釈迦様のように、この両の手のひらで、全人類を包み込むことだって出来るようにもなるんだよ、亜衣ちゃん」と羅夢王は言った。
 「人は、その一生を見て判断しては駄目ってことね。でも二十一世紀は、どうして犯罪ばっかり多かったの」
 「無知からさ」
 「あんなにたくさんの神様がおられたのに」
 「そうだね。天国に入ることしか教えず。人間とは何か、人とは何かと教えて下されなかった。それで天国に入れないと思った人は、自暴自棄となって悲しい日々を送られた」
 「なぜ、人は繰り返し生まれ変わって来るんだと、お教えにならなかったの。それは、唯物科学を学ばせるため」
 「そう。あえて方便として神様は真実を教えられなかった。全ては科学の進歩のため。だがそれが裏目に出てしまって、第三次世界大戦が始まった」と羅夢王は言った。
 「あの大破局もね」と亜衣姫も言った。

a0144027_18442334.jpg 「ほら、見て。青がえるさん、かわいい」と言って、亜衣姫はそっと手を差し出した。すると、青がえるは、亜衣姫の手のひらに乗り移った。
 「まあ、なんてきれいな黒目をしているの。そしてこのかわいらしい足のぼっちの玉。見て、らむちゃん。この透明な足のかわいいこと」
 そして雨がえるは、亜衣姫の手から、ぴょんと、飛び降りて、熊笹の藪の中に消えて行った。


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by hirosi754 | 2010-06-02 16:13 | 小説 | Comments(0)